■出産直後の母親が突然高熱を発して死に至る「産褥熱」。6人の妻を娶ったヘンリー8世の妻2人(このうちのひとり、キャサリン・パーはヘンリーの死後、再婚。その再婚相手との子どもを出産したあと落命)もこの産褥熱のために命を落とした。ハンガリー人の医師イグナーツ・センメルヴェイスは、赤ん坊を取り上げる医師の手に付着した微粒子が原因だと仮説を立て、「手洗い」と「消毒」の励行を呼びかけた。しかしそれを認めれば今まで産褥熱で死亡した妊婦を殺したのは医師ということになる。そのため医学界から激しい攻撃を受けた。

センメルヴェイスが当時オーストリアの属国ハンガリー出身だったことも災いした。オーストリアやドイツの医師たちは彼を徹底的に無視した。重鎮たちを敵に回してでも「手洗い」と「消毒」を説いてまわったセンメルヴェイスだったが医学界から怒りや嘲笑を受け続け、1865年、神経衰弱に陥り精神病院に入れられた。そこで看守に激しく殴打された末に独房の中で死んだ。47歳だった。多くの医師が厄介者の訃報に密かに胸を撫で下ろした。センメルヴェイスの死後、パスツールやコッホによって細菌の研究が飛躍的に進み、英国人外科医リスターが消毒法を確立したことでセンメルヴェイスの正しさが次々に証明された。センメルヴェイスの功績を認めたブダペスト大学は、のちに校名をセンメルヴェイス大学に改めた。
本誌ではパンデミック以降、正しいことを主張しながら固定概念に硬直した医学界や世間から猛烈なバッシングを受けて孤独な戦いを余儀なくされ、偉業を認められることなく世を去った3人の医師の姿を見詰めてきた。共通していたのは既成概念にがんじがらめになった権威の恐ろしさだ。それは時に病そのものよりも危険な猛毒を撒き散らした。ガリレオやダーウィンもこれに苦しめられた。人類はこれまでに数々の過ちを犯し、そして今も犯し続けている。偉大でありながら不遇のうちに世を去った3人の医師たちの生涯を追って以来、人が皆、盲目的に右を向いている時、左を向いて孤立している人がいないか、気にかけるようになった。突拍子もない名案は会議室で潰される。潰す側にならないようになりたいと願う。(編集部T)By 週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)
イグナーツ・センメルヴェイスに関する特集を読みたい方は、 孤独のドクター イグナーツ・センメルヴェイス 前編/だから手を洗え!!」からどうぞ(前・後編)。








































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