
■かつて14年間、王室付きシェフをつとめたダレン・マグラディ氏=写真=が今月8日に死去したエリザベス女王の食に関して2年前に語っていた。
マグラディ氏はサヴォイホテルのレストランでソース担当シェフとして働いていた1982年、王室がシェフを募集していることを知り応募、見事そのポジションを得た。それから11年に渡り、ロイヤルシェフの一員として主にバッキンガム宮殿で王室メンバーやゲストのために腕を振るうことになる。ウインザー城、サンドリンガムハウス、バルモラル城の他、女王が国内外を移動する際は常に同行し、料理を提供し続けた。
生きるために食べる
マグラディ氏は言う。「女王は基本的に小食で、決して食通(foodie)ではなかった。食べるために生きるのではなく、生きるために食べる人だ(She eats to live, she doesn't live to eat)」。女王はにんにくを好まなかったがフリップ殿下がにんにく好きだったので2人のソースは別々に作る必要があった。飲み物は特にシャンパンが好きで、他にドイツやポートなど甘めのワインも好んで飲んだ。
英国は古くからペストや発汗病、マラリアや天然痘、19世紀になるとインドからコレラが流入するなど、数々の感染症に悩まされてきた。食中毒もまた恐ろしい病だった。女王は食中毒をとても恐れたため、ステーキは常にウェルダンでなければならなかった。また、規律に大変厳しい方で、焼き方(焦げの入り具合)にとても厳格だった。ステーキに限らず、女王は生の肉を好まなかった。チャールズ皇太子(当時)は寿司を好んで食べたが、(マグラディ氏が知る限り)女王が生の魚を口にすることはなかった。
好物はステーキ
女王が特に好んだのが生クリームやバターをたっぷり使ったゲーリック・ステーキ(Gaelic steak=ケルト風ステーキ)。カロリーのことはほとんど気にしなかった。そのため、マッシュトポテトにもステーキソースにもバターや生クリームをたっぷり使えた。スコットランドのバルモラル城滞在時は敷地内で採れる野菜が好きで、マッシュしたポテトやパースニップ、あるいは両方をミックスさせたものを付け合わせにゲーリック・ステーキをよく召し上がった。肉はビーフのテンダーロイン。バルモラル城滞在中はベニスン(鹿肉)を好まれた。ソースに使うウイスキーは特にアイルランド産のものが使われた。
女王はゲストが来る日以外は毎日ほぼ同じ料理を望んだ。新しいメニューを提供したい時は事前に材料等を全て書き添えてどんな料理かを提出し、納得いただく必要があった。それほど食事に関しては保守的だったが、たまに外遊先でお気に入りの食事と出会うと「こんな感じの料理が出たんだけど、再現できる?」とおねだりされることもあったという。
マグラディ氏はバッキンガム宮殿勤務11年目だった1993年、ダイアナ元妃のパーソナルシェフに抜擢され、元妃が事故で亡くなるまでの4年間、ケンジントン宮殿でウィリアム皇太子やハリー王子らのために食事を用意した。主を失ったことでマグラディ氏は職を辞し、米国に渡った。
生きるために食べ、保守的で毎日同じ料理で幸せ―女王の食に対する向き合い方は、まさにかつての英国人の食習慣を象徴するかのようだ。
本紙編集部ではエリザベス女王が愛したゲーリック・ステーキを完全再現した。レシピを本紙19ページの「素敵なひとりメシ」に掲載した。バターと生クリームをたっぷり使ったマッシュルームソースは濃厚でとても美味しい。女王の好みの焼き加減はウェルダンだったがそこはそれぞれの好みで臨機応変に。とても簡単なので週末にでもチャレンジし、シャンパンと共にエリザベス女王のご冥福をお祈りするのも悪くないかも。
By 週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)