8/20 薔薇戦争パート2!? リチャード3世の遺骨、埋葬先をめぐりイザコザ

昨年、レスターで発掘され、DNA鑑定によりリチャード3世(1452~85)=右の肖像画=のものと認定された遺骨の埋葬先をめぐり、イザコザが発生、裁判沙汰になる騒ぎになっている。「デイリー・テレグラフ」紙が報じた(肖像画、写真はすべて「デイリー・テレグラフ」紙より)。
名前こそ華麗な薔薇戦争だが、1455年、ヨーク公リチャードがヘンリー6世(ランカスター派)に対して起こした反乱に端を発して勃発、壮絶な権力争いが繰り広げられ、戦いは30年におよんだ。ヨーク派が白薔薇を、ランカスター派が赤薔薇を模した記章をつけていたことから、薔薇戦争と呼ばれるに至った。
リチャード3世は、ヨーク朝最後のイングランド王で、同王をボズワースの戦いで破ったヘンリー・テューダーが、エリザベス・オブ・ヨークと結婚するとともに、ヘンリー7世として即位、テューダー朝が開かれたのだった。
このあたりのことは、世界史の授業でならった記憶が(うっすら)あるという方も多いことだろう。
シェイクスピアの戯曲などにより、悪者というイメージがすっかり定着してしまった、このリチャード3世、ボズワースの戦いで戦死した後、遺骨は行方が分からなくなっていた。多くの研究者が長きにわたり探し求めていたが、昨年11月、ついにレスターにある駐車場の下から発見され、DNA鑑定の結果、本人のものと認定された=下の写真。 
ようやく、国王らしく埋葬されるかと思いきや、埋葬先をめぐって対立が激化。ついに裁判沙汰になってしまったという。同王の遺骨を発見した考古学者グループは、遺骨はレスター内にある教会=同右下=に改めて埋葬されるべきと主張。これに対して、子孫一族はヨーク大聖堂=同左下=に葬られるべきとして一歩も譲らぬ平行線状態が続いている。
解決までの道のりは遠い模様で、裁判官のハドンケイヴ氏は、「第二次薔薇戦争の勃発は避けるように」と苦言を呈している。
 

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