英ロックバンド「クイーン」のフレディ・マーキュリー=写真左下=が亡くなって21年。マーキュリーは死後、火葬されたものの、その遺灰がどうなったのか一切公表されていない。そのため世界中のファンはマーキュリーに祈りを捧げる場所を持たずにさまよってきたとされる。ところがこの週末、西ロンドンの墓地でマーキュリーを指すものと見られるプラーク(刻版)=写真右=が見つかり、ここがマーキュリーの遺灰が撒かれた場所ではないかとの憶測が広がっている(写真は「デイリー・メール」より)。
プラークが見つかったのはケンザル・ライズ墓地(Kensal Rise cemetery)。プラークはマーキュリーがクイーンを結成した1971年まで使用していた本名、ファルーク・バルサラ(Farrokh Bulsara)に捧げられている。また、プラークにはマーキュリーが生きた1946年9月5日から1991年11月24日の日付。そしてその後はフランス語で「ずっとあなたのそばにいます…」と刻まれている。
そして最後に刻まれた「M.」の一文字。これは、ケンジントンにある1千万ポンドという豪邸の他、クイーンのヒット曲の著作権を多数相続したとされるマーキュリーの元恋人、メアリー・オースティンさんのことを指すのではないかと噂されている。
しかしオースティンさんは「彼の安息の地が見つかったって騒いでいる
みたいだけど、見当違いだと思うわ。私は彼が死の床にあった時に約束したの。絶対に誰にも遺灰の行方を明かさないって。私は彼が今、どこで眠っているか知っている。でも、それ以上のことは口が裂けても言えないわ」と、このプラークがマーキュリーの安息の地であることを否定した。
フレディ・マーキュリーは1991年11月、エイズとの3年間にわたる壮絶な闘いの末、45歳で亡くなった。ケンザル・グリーンで火葬されたところまでは分かっているが、その後の遺灰の行方については謎に包まれたままとなっている。
ケンジントンの自邸の庭に撒かれたとする説が有力視されている一方、生まれ故郷であるザンジバル島に、あるいはかつて住んでいたスイス、モントルーのレマン湖に撒かれたという説も根強く残っている。
ファンの1人は墓地のホームページに「すごい発見だ。謎解きのための大きな突破口になる予感がする」と書き込んだ。
ファンならそっとしておいてあげて欲しいものだが…。

















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