■コロナ禍以降、「デジタルノマド」という言葉を耳にすることが増えたと感じている人は少なくないだろう。「ノマド」は遊牧民のこと。「デジタルノマド」はIT技術を駆使し、ノマドのように、世界を旅してまわりながら仕事をする人たちのことを指す。「デジタルノマド」に憧れる人たちは後を絶たないが、このライフスタイルで得たものは「自由ではなく、孤独だった」という、ある男性の体験を「メトロ」紙(電子版)が伝えた。

コロナ禍で在宅勤務を余儀なくされたことにより、職種によっては場所にしばられずに働くことが可能であることが証明された。タイ・パンガン島の白い砂浜に建つ小屋で何の予定もなく朝を迎えた、英国出身のトム・スレーターさん(52)もそうした「デジタルノマド」のひとりだ。太陽は輝き、まわりには友人もいる。それでも、スレーターさんの心には再び黒い霧が立ちこめていたという。「天国のような場所にいたのに、心は空っぽだった。昼食に何を食べるかだけが唯一の悩み」と、自虐的に振り返る。
スコットランド出身のスレーターさんは、厳しい父親と衝突が絶えず、若くして学校を辞め、冒険心だけを頼りにオーストラリアへ渡った。農場での仕事を夢見たが「外国人お断り」の張り紙に打ちのめされ、生活費が尽きるとトラックの荷台で眠る日々。やがて移動遊園地で働き、農場で果物を収穫する肉体労働につき、資金を貯めて南太平洋の島々を転々とした。その後、世界自然保護基金の支援を受けボルネオ島へ。原住民イバン族とともに薬草を採集し、未知の植物を発見したこともある。「まるで時間が止まったような世界だった。鹿や蛇、猿を食べる生活は、過酷だと感じることもあったが、あの頃は幸せだった」と述懐する。
帰国後、スレーターさんは『普通の生活』を試みたが、オフィス勤務に耐えられず2ヵ月で退職。以来、コールセンターやスキューバダイビング、映像制作などで資金を稼ぎながら、各国を転々とする「デジタルノマド」として生きる道を選んだ。エジプト、タイ、グアテマラ、インドなどを巡る華やかな日々の裏で、スレーターさんは慢性的なうつに苦しむようになった。「カーテンを閉め切って、ただ時間が過ぎていくのをベッドに横たわって待つだけだった」と明かす。やがてインドのバラナシでストリートチルドレンの銀行を題材にした映画企画を立ち上げ、世界中から資金を集めるが、重圧に押しつぶされ挫折。40歳を目前に「人生を完全に誤った」と感じたという。
スレーターさんは再び旅立ちたい衝動を抑え、心身のつながりに注目する「ソマティックセラピー」を学び始める。そこで初めて、「自分は旅をしていたのではなく、逃げていたのだ」と気づいたと語る。現在は英国西部デボンで暮らし、心の平穏を取り戻したスレーターさんは、同じように苦しむ人々を支援する活動に従事。自分と同じような体験をした人々の自己回復を手助けしている。「どんなに成功しても、豪邸に住んでも、幸せを感じられない人は多い。SNSがうたう『理想のライフスタイル』は幻想」だと警鐘を鳴らす。今では1日4時間の仕事で十分に充実した生活を送っているというスレーターさん。「20年かけて気づいた。幸せは追いかけても逃げる。立ち止まった時、ようやく見つけられるものなのではないかと思う」と静かに語った。 By週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)








































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