■弊誌「週刊ジャーニー」で天然痘ワクチンを生み出した英国人医師、エドワード・ジェンナーの特集をお届けした。ジェンナーは子どもの時によく耳にした「牛痘に感染したミルクメイド(乳しぼりを生業とする女性)は天然痘にかからない」という噂を実証してみせた。成人は既に人痘接種を受けて抗体を持っているため実験に使えない。そのため、まだ免疫を持っていない子どもたちが選ばれた。ジェンナーは牛痘に感染した牝牛から採取した体液を少年に接種した。すると牛痘に感染はするものの症状は軽く、数日で回復。その際に獲得した抗体が天然痘にも有効であることを突き止めた。世界中の人々を天然痘から救う大きな一歩だったが、ジェンナーの苦悩はむしろこの時から始まった。

ジェンナーは実験結果と所見をまとめたレポートを王立協会に送付するが「データ不足」というメモと共に突き返された。仕方なくこれを自費出版し、さらにロンドンまで出向いて医師などに説いて回った。人々は「牛の体液を身体に入れたら牛になる」と言って気味悪がり、ボランティアを探すのにも苦労した。ジェンナーは牛痘に感染したサラという搾乳婦の腕に出来た膿疱からワクチンを作った。人は牛の体液であるミルクを飲み、チーズやバターとして摂取しているにも関わらず、天然痘ワクチンには激しい拒絶反応を見せた。
ジェンナーの種痘法に最も強く反発したのは医学界の権威たちだった。既に産業革命が始まっていた英国では科学が飛躍的に発展しつつあったが、医学は停滞したままだった。当時の医師たちはそれぞれが天然痘に対する強固な固定概念を持って予防にあたっていた。ジェンナーの種痘が正しければ、自分のやってきたことが全否定されることになる。そのため医学界から大変な逆風が吹きつけた。結局、英医学界が種痘の正当性を全面的に認めたのはジェンナーが死んで17年も経った1840年のことだった。 またジェンナーはカッコウの「托卵」を発見した。しかし学者たちから「でたらめ」の烙印を押され嘲笑された。「托卵」は1921年、カッコウの生態を追っていたカメラマンによって偶然証明された。ジェンナーの死から98年が経っていた。By 週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)
エドワード・ジェンナーに関する特集を読みたい方は、 「天然痘を制圧せよ ワクチン誕生物語 エドワード・ジェンナー 前編」からどうぞ(前・後編)。








































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