ラムズゲートに「来て・みた・かった⁉」―カエサルのイングランド侵攻拠点、判明か

1207 1■ 英考古学者たちの間でこれまで謎とされていたユリウス・カエサル(英語読みでジュリアス・シーザー)率いるローマ軍第一回ブリタニア遠征時(BC54年)の最初の上陸地点がこの度、ほぼ特定された。ガーディアン紙(電子版)が伝えた。

 ケント県東海岸、ラムズゲート付近に建設予定の新道路敷設工事に先駆けて行われた発掘調査中、レスター大学のフィッツパトリック教授(考古学)らが紀元前52年に起こったガリア戦争(Gallic war)の激戦地、フランスのアレシア(Alesia)で発見されたローマ軍の防衛溝と大変よく似た溝を発見。さらに発掘を進めると、付近から戦闘による傷痕が残る人骨やローマ軍特有の投げ槍などの武器が次々と見つかった。
 ローマ軍が上陸したとされるペグウェル湾は、大艦隊を収容できる砂浜としてはケント東海岸で唯一の湾。ローマ軍は長さ1キロに及ぶ砂浜に展開、約2万人の兵士と2000頭の馬が上陸したと言われる。調査団は20ヘクタールに及ぶこの地が、かつてローマ軍が上陸後、ブリタニア人から船団を守るために築いた防衛基地とみている。
 カエサルの記録「ガリア戦記」によると、ローマ軍は7月4日夜にフランス海岸を出発。しかし、西から吹きつける強風と激しい潮流のため東に流された。翌早朝、乗組員が遥かにかすむブリタニア島を発見。そこからオールを漕ぎ、昼頃にブリタニアに上陸したとある=下図参照。
 カエサルは最初、錨をおろして海岸線に船団を停めたが、高潮と暴風が重なって錨が切れ、船同士が激突したり難破したりするなど相当な損害が出た。そのため、800隻以上の輸送船を陸地に引き揚げ、修理をするよう命じた。
 ペグウェル湾は中世まで本土から切り離された島にあったため、これまで上陸候補地とは考えられていなかった。しかし今回、防衛基地が発見されたことでパグウェル湾が上陸地の最有力候補とみなされるようになった。当時、島と本土の間にはウォンツァム(Wantsum)と呼ばれる海峡があったが、教授らはローマ軍の熟練したエンジニアにとってはそれほどの障害にならなかったろうとしている。
 この第一回遠征でローマ軍は期待したほどの成果を挙げられず冬には撤退するが、100年ほど後の紀元43年、クラウディウス帝の時に再びブリタニアに侵攻。数十年かけてスコットランド以外をほぼ属州化。その後約350年に渡ってブリタニアを支配した。

by 週刊ジャーニー(Japan Journals Ltd, London)

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