2012年7月5日 No.735

●取材・執筆/本誌編集部

 


ロンドン五輪
観戦 ミニマニュアル

 

ロンドン五輪開幕まで約3週間を残すのみとなった。
2005年7月6日に、第30回大会が
ロンドンで開催されることが決まってから7年。
準備にどれほど多くの人々が携わり
どれだけの税金が使われてきたことか。
その成果を、来たる7月27日から国内外に披露することになる。
五輪会期中に、英国に居合わせるのも何かの縁。
様々な形で『立ち会う』ことができるはずだ。
今号では、限られた紙面上ながら、
ロンドン五輪観戦に役立つ情報をお届けしたい。

 

 

休戦して行われた祭典

 昔むかし、古代ギリシャにエーリスと呼ばれる地方があった。伝染病の蔓延にほとほと困り果てた、イーピトスなるエーリス王が、太陽神アポロの神殿で何か手立てはないかお伺いを立てたところ、「争いをやめて、競技会を復活させよ」と告げられたという。これを聞いたイーピトスは、自国の領土内にあるオリンピュアで、『オリンピュア祭』を復活させた。万能の神、ゼウスに捧げられる4年に1度のこの祭典は、ギリシャ神話の中に、その起源となる競技会のことが登場するとされている(ただし諸説あり、後に付け加えられた説も複数あると考えられているという)。記録によると、最古の『オリンピュア祭』が開催されたのは紀元前776年、今から約2800年も前の話である。
 古代ギリシャで行われた4大競技会のひとつとして、『オリンピュア祭』は盛んになっていき、やがて、古代ギリシャのほとんどの国家が参加するほどに拡大。選手たちが大会開催地であるオリンピュアまで往復するための期間も含め、3ヵ月間は停戦とすることが決まった。このルールを破る国家もあったようだが、『オリンピュア祭』はあくまでも「平和の祭典」として行われたのだった。
 しかし、キリスト教の普及により、異教の祭典である『オリンピュア祭』は廃れ、4世紀末をもって開催されなくなる。これが、近代オリンピックとして復活するまでには、1500年余りも待たねばならなかった。
 1896年、「スポーツで競う平和の祭典」という古代ギリシャの伝説行事の趣旨に感銘を受けたフランスの教育者、クーベルタン男爵ピエール・ド・フレディ(Pierre de Fredy, Baron de Coubertin)の提唱に対し14の国・地域が賛同、アテネで第1回大会が行われた。
 今年のロンドン五輪で開催回数は30を数える。
 また、本誌6月7日号でもご紹介したとおり、ロンドンは、4回目にあたる1908年大会、第二次世界大戦終結直後の1948年大会に続き、3度目の開催という栄に浴す、幸運な都市でもある。
 2005年、ロンドンが開催地に選ばれた翌日に、地下鉄とバスの利用者を標的にした同時爆破テロが起こり、56人が犠牲になるという大惨事を経験したため、祝賀気分は一気に吹き飛んでしまったのは残念きわまりないが、7年の準備期間を経て、間もなく、「平和の祭典」の舞台となることを晴れて祝うことのできる瞬間が訪れようとしている。
 平和だからこそ、競うことができる、あるいは観戦することができるという幸せをかみしめつつ、16日間の祭典を心ゆくまで楽しみたいものだ。