14世紀中ごろに上陸したペストはイングランドの人口を3割以上も減少させました。農村部では深刻な働き手不足となり、農民の需要とともに賃金も上昇。困った領主や教会は国王に接近し、給料の上限を法制化させた上に農民の自由な移動を禁じ、農奴化を進めました。
ただでさえ農民に不満が溜まっていたところにフランスとの百年戦争が勃発。戦費調達のための増税が続いた中、ジョン・オブ・ゴーント(ランカスター公:エドワード3世の子でヘンリー4世の父)の主導で貧富の差に関係なく同額の課税をする、悪名高き人頭税(ポールタックス)が導入されました。この不公平な課税が最終的な引き金となり、最初にエセックスの農民たちが決起。やがて全イングランドに伝播しました。
農民だけでなく、聖職者や職人、軍人など色々な職業の人が参加したと言われます。
メイドストーン監獄に収監されていた過激な思想家で司祭であったジョン・ボールが反乱軍に加わり思想的リーダーとなりました。彼は封建制度の下での不平等を痛烈に批判しました。ボールが訴える平等は支配層にとって耳障りが悪いため何度も投獄されましたが、彼はこの訴えを死ぬまで取り下げることはありませんでした。
ボールを加えた反乱軍の数はロンドン到着までに増え続け、最終的には6万人に膨れ上がったそうです。そして彼らはロンドン橋を渡り、ロンドンの街へとなだれ込んでいきました。

6月14日にマイルエンドでタイラーら反乱軍とリチャード2世らの1回目の対面がありますが、マイルエンドが選ばれたのはエセックスから南下してきた農民たちがこのマイルエンドをベースキャンプとしていたためだそうです。