イングランドを征服したウィリアム1世のノルマン朝が途絶え、引き継いだのがプランタジネット朝。その初代国王となったヘンリー2世でしたが、ローマ教皇から色々と制約を受けていました。特に聖職者の裁判権は教皇側にあり、聖職者が過度に保護される傾向にありました。そのため王はクラレンドン法を発布し、王権の強化を図りましたが、教皇寄りとなっていたかつての親友ベケットとの対立を生み、一旦は和解しますが最終的には悲劇が起こります。 後にヘンリー8世はローマカトリックから離れて英国国教会を作りますが、イングランド王室とローマカトリックの権力争いはもっと早くから存在していました。幕府と朝廷の関係にも似ているかもしれませんね。

日本史も面白いけどイギリス史もヨーロッパ史も面白い。全てが繋がって今がある。これからも勉強を続けたいと思います。