炎に包まれるワルシャワ
死と隣り合わせの潜伏生活が続く中、1944年7月17日を迎えた。この時の隠れ家には、ユレクの兄ステファンと妻ヤンカ、姉アニャとその夫ヤクブもおり、13歳になったアーノルドをささやかながら祝ってくれた。
その6週間後の8月1日、ワルシャワで大規模な戦闘が発生した。後にいう「ワルシャワ蜂起」である。劣勢に立ちつつあったナチスから占領地を横取りすべく、ソビエト軍がポーランドに侵攻してきたことがひきがねとなった。
ワルシャワ市内は混乱を極め、ナチス・ドイツ軍はポーランド軍、民間人の見境なく、手当たり次第に虐殺。また、ヒトラーが、ワルシャワを焼き尽くすよう命令を下したため、建物に次々と火がかけられた。
アーノルドたちは、当初は隠れ家内にいたほうがまだ安全だと成り行きを見守っていたものの、火の手がまわり始めたため、殺戮の嵐が吹き荒れるワルシャワ市内へと出るしかなくなった。離れ離れにならないように努めたが、アーノルドたちはステファンやヤクブとはぐれてしまう。ようやくヤクブの姿を見つけ、彼のところに向かおうとした時、1人のポーランド人がヤクブを指差して叫んだ。
「ユダヤ人に見えるぞ」
そこへ、ドイツ兵が現れ、ヤクブの上着のえりをつかみ、通りの角まで連れて行ったかと思うと、1発の銃声が響いた。
アーノルドたちはその場に立ち尽くした。ヤクブの妻アニャが悲鳴をあげそうになったのを見るや、ステファンの妻ヤンカは、自分の手でアニャの口をふさいだ。ヤクブと関係があると知れれば、自分たちも殺される―知らぬふりをして立ち去るしか生き残る道はなかったのである。
アニャとヤンカとともにアーノルドは逃げた。幸い小さなキリスト教の教会があり、そこで3人は夜を明かした。
濃い色の髪と瞳は典型的ユダヤ人の外見とされていたが、明るい色の髪を持つアニャとヤンカなら、そのままポーランド系キリスト教徒としてそこに隠れていることもできただろう。しかし、濃い色の髪と哀愁を帯びた瞳のアーノルドを連れていては、それは無理なことだった。教会である限り、一般人も出入りする。そのうち、誰かがゲシュタポにアーノルドのことを密告して万事休す、という事態になることは目に見えていた。
3人が途方に暮れていたころ、アーノルドたちがこの教会にいることは、あのプォーヴェシカ夫人に伝わるところとなった。夫人の手引きで、3人はアーノルドの生まれ故郷、チェルストホヴァに向かうことになったのである。
アニャとヤンカは、夫人の助言に従い、アーノルドの頭髪と目を包帯で覆った。アーノルドは再び暗闇の世界へと沈まざるを得なかったが、嫌がっている時間はなかった。

アーノルドの人生における最大の恩人のひとりであるユレク・イグラ(Jurek Igra)と、
アーノルドの姉ソーニャ。1943年、ワルシャワで撮影。
キリスト教修道院での日々
チェルストホヴァに着いたアニャとヤンカは、プォーヴェシカ夫人に言われた通り、アーノルドの手を引きある場所へと向かった。包帯を解かれたアーノルドの目の前にあったのは、カトリック教のセント・ヤナ・ボスコ修道院であった。修道院の中なら、外部の一般人の目にふれることは、そうそうない。賢明なプォーヴェシカ夫人のアイディアだった。
2人の女性は、アーノルドに偽造の身分証明書を取り出させてから、対応に出た修道士にこう説明した。
「このかわいそうな少年は、ワルシャワのがれきの中でさまよっていたのです。両親もなくしたそうですわ。さ、アダム、身分証明書をお見せなさい」
「あなた方は、良きキリスト教徒としての義務を立派に果たされましたね。もう安心です、アダムのことはお任せください」
アニャとヤンカは『アダム』に向かって微笑んだ。
「アダム、体に気をつけるのですよ。幸運を祈ってますからね」
そうして2人のおばは、あくまでも親切な他人として、アーノルドを修道院に残して去っていった。
修道院にはアーノルド以外にも、事情があってそこに暮らす少年たちがいた。大部屋の寝室には30ほども寝台が並んでいたという。すべては質素だが清潔に保たれていた。
朝6時半の起床から始まる規則正しい生活に退屈する子供もいたが、今までの明日をも知れぬ毎日に疲れきっていたアーノルドにとっては、久々に味わう平穏であり、翌日に起こることが約束された暮らしの有難さを切実に感じずにはいられなかった。
しかし、カトリック教のイロハも知らない状態で、修道院で生きるのは危険すぎる。
アーノルドはあることを決意した。
カトリック教に「ざんげ」という行為があり、そのざんげの内容に関して、司祭たちは完全な守秘義務があることを聞き及んでいたアーノルドは、20代の親切なゴリク司祭を相手に選び、意を決して口を開いた。
「司祭様、私の罪をお許しください」
「どんな罪なのか、話しなさい」
「僕の両親は…ドイツ人に殺されました」
「かわいそうに、多くの起こってはならないことが起こってしまった。それで?」
「僕は…チェルストホヴァに生まれました」
「それのどこが罪なのです?」
「僕は…」
アーノルドは正直にいうしかないと腹をくくった。
「僕は…ユダヤ人なのです」
しばし沈黙が流れた。ざんげ専用の小さなボックスの中では、司祭の顔は見えないようになっている。アーノルドは、自分の右手で左手を強く握り締めた。
(次号《後編》につづく)

修道院でスープが配られるのを待つアーノルド(写真内の矢印)。


セール情報をいち早くGET!今週のお買得★食料品『TKトレーディング』