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◆◆◆《第551回》◆◆◆
欧州議会選挙

EU離脱をめぐり膠着状態が続く中、メイ首相はEUに対して六月三十日までの離脱延期を申し入れた。これを受けてトゥスク常任議長は「短期の延長を繰り返すのではなく、一年の延長期間を設定し、その期間内で条件が整い次第離脱することにしてはどうか」という考えを示した。
メイ首相の申し入れに対するEU諸国の反応はまちまちだ。フランスのマクロン大統領は記者会見で「イギリスが明確な目標を示さない限り、延期は認められない」と語った。一方、ドイツのメルケル首相はメイ首相が希望する六月三十日という時期に理解を示した。ただ、彼女は長期延期には否定的といわれている。離脱の時期を一年も延ばしたら「合意なき離脱」を何とか避けたいという議員たちの緊張感が薄らぎ、議会を説得しなければならないメイ首相の立場が弱くなる。メルケル首相はその点を考慮し、メイ首相の六月三十日という期限を支持しているらしい。さすがに政治経験が長いメルケル氏はよく状況を読んでいる。いずれにせよ、離脱延期の件は十日に開催されるEUの臨時首脳会議で討議される。この原稿が活字になる頃には結論が出ているだろう。
メイ首相は離脱条件をまとめるため、先週から労働党のコービン党首と協議を続けている。コービン氏は関税同盟との連携や協定の是非を問う国民投票を提案しているようだが、メイ首相はこれに同意していない。このままでは協議が物別れに終わる可能性もある。労働党は「首相の態度はあまりにも硬直的だ」と不満を漏らしている。
私は政府と議会がどのような結論を出しても、もう一度国民投票を行ない、民意を聞くべきだと思う。しかし、その実現は簡単ではない。保守党の強硬離脱派の議員たちは首相が野党党首と協議を始めたことに猛反発している。両党首が「二度目の国民投票」に合意すれば彼らはあらゆる手段で妨害するだろう。
こうした状況の中で新党のTIG(独立グループ)が興味深い動きを見せている。周知のようにTIGは今年二月、労働党と保守党を離れた議員たちが立ちあげたグループで、所属する議員数は十一人である。彼らは先月末、政党としての登録手続きを済ませた。当面の狙いは来月行なわれる欧州議会選挙である。
前述のように、メイ首相はEUに対して離脱の時期を六月三十日まで延ばすことを申し入れた。その期限がどう決められるか本稿を書いている時点では分からないが、延期自体は認められるであろう。そこで問題になるのは五月二十三日から二十六日にかけて行なわれる欧州議会選挙である。五月二十二日までにイギリスがEUを離脱出来ればいいが、そうならなかった場合、イギリスは欧州議会の選挙に参加せざるを得ない。

TIGはその機会を利用しようと考えているのだ。新党の十一人の議員のうち、チュカ・ウムナ氏ら八人の元労働党の議員は国民投票の再実施に関して態度が不明確だったコービン党首に見切りをつけて離党した。また、ハイディ・アレン氏ら三人の元保守党の議員は、メイ首相が強硬離脱派に配慮し過ぎることに失望して離党した。彼らはEU残留派である。
欧州議会の選挙ではイギリスは十二選挙区に分けられ、七十三の議席が割り当てられる。TIGはその全ての選挙区に候補者を立てることを考えている。つまり彼らは欧州議会の選挙を実質的な第二の国民投票にしようとしているのだ。すでに候補者の選定を始めており、イギリス下院や欧州議会の議員経験者も含め約二百人が応募している。TIGは「欧州議会の選挙を通じて現在の国民の意思を明らかにし、イギリスのEU残留を目指す」と言っている。
むろん欧州議会選挙の準備をしているのはTIGだけではない。保守党と労働党も選挙を念頭に置いているし、TIGと同じEU残留派のLDP(自民党)やSNP(スコットランド民族党)も準備を進めている。反EUのUKIP(イギリス独立党)と同党の元党首、ナイジェル・ファラージ氏(彼は現役の欧州議会議員である)が率いる新党のブレグジット党も候補者を立てる意向である。EU離脱の条件が決まらなければ、来月の欧州議会選挙が再び民意を問う機会になるかも知れない。
三年も前に「EU離脱」を決めながら、今年の欧州議会の選挙に参加するのは異常である。しかし、現在の混乱状態の中で「もう一度国民の声を聞くべきだ」と思っている有権者は多い。イギリスが欧州議会の選挙に参加することになるのか、それともそれまでにEU離脱が成るのか。今後の動きに注目したい。

週刊ジャーニー No.1081(2019年4月11日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。