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◆◆◆《第527回》◆◆◆
バイエルン州の異変

私は先月、本欄でドイツのバイエルン州議会選挙について書いた。同州の地域政党としてメルケル政権を支えるCSU(キリスト教社会同盟)が極右のAfD(ドイツのための選択)に支持者を奪われ、かなりの議席を失いそうだというのが記事の眼目だった。
ちなみにバイエルン州はBMW、アウディ、シーメンスなどの本社が集まる国際的な工業地帯で、ミュンヘンが州都である。今週の日曜日(十四日)、そのバイエルン州議会選挙の投票が行なわれた。CSUは過去最低の三七・二%の得票率で過半数を確保出来ず、第一党の座は維持したものの少数与党に転落した。これは歴史的な敗北である。
議席を伸ばしたのは緑の党とAfDである。緑の党はCSUにもAfDにも投票したくない人々の受け皿となり、予想を大きく上回る一七・五%の票を得た。メルケル政権の移民政策を批判するAfDもCSUの支持層に食い込み、一〇・三%の得票率(獲得議席は二二)で初めてバイエルン州議会に議席を得た。これに対し、メルケル首相の連立政権に参加しているSPD(社会民主党)の得票率は前回より一〇ポイント以上少ない九・七%にとどまった。
ドイツでは州議会が州政府の首相を選出する。バイエルン州は昔から保守的な地域で、過去半世紀にわたってCSUが州政府の政権を独占して来たが、今回はそれが崩れた。州議会で少数与党を避けるためには他党との連立が必要となる。なお、メルケル首相が率いるCDU(キリスト教民主同盟)はCSUとの競合を避けるため、バイエルン州では活動していない。
ドイツの選挙制度は比例代表制を中心とする「小選挙区比例代表併用制」である。日本の国政選挙で行なわれる「小選挙区比例代表並立制」とは異なり、政党はそれぞれの得票率に応じて議席の配分を受ける。だから政党の得票率が何よりも重要になる。
州議会選挙は地方自治体の選挙なので結果がすぐに国政に影響することはないが、バイエルン州議会選挙はそういうわけにいかない。国政与党の一角としてメルケル首相が率いるCDUと連携するCSUは、スコットランドにおけるSNP(スコットランド民族党)のように、バイエルン州だけで活動する地域政党である。その本拠地の州議会で大きく議席を減らしたことはメルケル政権にとって打撃となる。

先月この欄で述べたように、二〇一五年にメルケル首相が大量の移民を受け入れた頃から、CDUとCSUの間に隙間風が吹き始めた。今年六月、CSUからメルケル政権の内務大臣として入閣したゼーホファー氏(バイエルン州の前首相)が移民を大幅に規制する政策を発表し、メルケル首相の怒りを買ったことはよく知られている。
今回の選挙の結果を受け、CSUの失地を回復するためにゼーホファー氏が再びきびしい移民政策を打ち出すことは想像に難くない。ただ、移民に関して強硬な主張をすれば支持者が戻って来るという単純な話ではないようだ。CSUがAfDを意識して強硬な移民政策を打ち出したことに失望し、CSUを離れて穏健な緑の党に投票した有権者も少なくないからだ。今回の選挙でCSUが負け、緑の党とAfDが支持を伸ばしたことは、有権者の意見がかつてないほど分裂していることの反映と見られる。CSUがバイエルン州の地域政党として主導権を取り戻すのは容易ではない。
それよりも重要なのはメルケル政権の今後である。CSUが多くの議席を失った背景にはメルケル政権内部の対立がある。
長年、姉妹政党として歩んで来たCDUとCSUが移民政策をめぐって争っている。それはまだ解消されていない。移民政策を担当するゼーホファー内務大臣とメルケル首相の対立が再燃する可能性もある。
今月二十八日には金融都市のフランクフルトを擁するヘッセン州の議会選挙がある。最近の世論調査ではCDUの支持率は低下しており、ヘッセン州の第一党の座は維持出来たとしても、議席数はかなり減少すると見られている。CDUがこの選挙で惨敗すれば、メルケル首相は一気にレームダック化するかも知れない。年末の党大会で党首再選を目指すメルケル氏の行く手も危うくなる。
現在、欧州はどの国でも世論が分断され、リーダーシップを維持して来た既存政党が急速に力を失っている。EUの実質的な盟主であるドイツも例外ではない。イギリスのEU離脱も含め、欧州の歴史が大きく変わろうとしている。霧が一層濃くなるのか、それとも美しい青空が現れるのか。それは誰にも分からない。

週刊ジャーニー No.1057(2018年10月18日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。