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【台湾編 72皿目】鶏もも肉の定食

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

世界に誇る絶景、太魯閣峡谷を出て国道に戻ると、すぐさま次の絶景がやってくる。「清水断崖」だ。
標高約2,400メートルもの山並みが壁のように海からそそり立っているという地形で、山の頂上から海までの水平距離がわずか4キロらしい。ノルウェーのフィヨルドが頭に浮かぶが、そちらのほうは海抜がせいぜい1,000メートルなので、高さだけなら倍以上も違う。どんな景色か想像するだけでワクワクするが、いろんな人から「自転車で行くのはやめたほうがいい」と忠告された。
片側一車線の道路が断崖絶壁を縫うように走っており、しかもそれが唯一の幹線道路だから交通量が多く、ダンプカーも走り回っているらしい。トンネルが連続し、路肩もないから逃げ場がないとのことだ。
少し悩んだが、僕はここを走るのが楽しみだったのだ。トンネル走行用のライトを点検し、念のために電池を交換して、万全の態勢で挑んだ。
結果からいえば、たしかにリスクの高い道だと感じたが、こういう場所は世界にも多数あり、それらを走り抜けてきた経験が生きたのだろう。用心のために早朝に出発したのがよかった。夜明けとともに宿を発ったのだが、思ったとおり日が高くになるにつれて交通量は増えていった。

急峻な山の中腹を道路が走る清水断崖

それともうひとつ、交通の流れを読みながら走ったのが奏功した。坂とヘアピンカーブが連続する場所だけに、車は詰まって団子状態になる。その団子の隙間を走るのである。聞いていたとおり、道幅が狭く路肩はほとんどなかったが、その分、待避所はそれなりにあった。車がやってくると、待避所に逃げ、車の集団をやりすごす。そして最後尾が過ぎたところで、その車を追いかけるように走る。車たちものろのろ走らざるをえない道なので、自転車でも比較的長い距離をついていける。引き離され、ふたたび背後から次の車集団の音が聞こえてきたら、待避所へ。これを繰り返すのである。
そんなたいへんな思いをしてまで行く価値があるのか、というとこれがあるのだ。道路は断崖絶壁の中腹を走っている。目もくらむような高さである。その状態が約40キロも続くのだ。はるか下方に広がる海を見ては、背筋にぞくぞくするものを覚えつつ、太魯閣峡谷同様、ここも世界に類のない絶景だと感じた。
走り終えたところに小さな町があった。一応、清水断崖の観光拠点の町になっているのだろう。いかにも観光客向けの店が並んでいる。
あまりいい予感はしなかったが、断崖絶壁のデンジャラスロードの緊張感から解放された僕は、とくに何も考えずに適当な一軒に入った。メニューを開くと珍しくビールがある。これまで見過ごしているのもあると思うが、台湾の食堂にはあまりビールがない。頼めば出てくるのかもしれないが、メニューにも店内にも見当たらないことが多い。目立つ場所にビールがあって飲んだところといえば、南部のリゾート地ぐらいだった。そのため台湾ではビールは観光客向けの店に置かれるもの、という印象が少なからずあった。
鶏もも肉のセットとビールを頼んだ。出てきたものは洋風っぽい定食だ。さいの目にカットされたミックスベジタブルが付け合わせにのっている。台湾でこれを見るのは初めてかもしれない。食べてみると、やはり冷凍食品のあの味だった。鶏もも肉もレンジで温めたのか、表面が固くなっている。台湾でこれほど味気ない料理も珍しい。なるほど、観光地は万国共通なんだな、とちょっとおかしくなった。

週刊ジャーニー No.1009(2017年11月9日)掲載

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