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【台湾編 81皿目】コシのある麺はうまい?

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

淡水から1時間ほど走ると、あたりはすっかり大都市に変わっていた。台北だ。スタートから4ヵ月目にしてようやく台湾一周をやり終えたのである。途中思わぬケガを負ったためずいぶん遅くなってしまった。
「あかり」という日本人経営の宿に投宿する。相部屋で約1200円という安さだが、清潔感のある宿で、衣類を出しておけばなんと無料で洗濯してくれるという。無料のランドリーサービスなんて初めてだ。おまけに日本人宿の常だが、日本語の本がたくさん置いてあり、読み放題だった。その中の1冊『るるぶ台北』をパラパラとめくっていると、ある個所に目が留まった。台湾在住の日本人ライターが書いた店の紹介文だ。
「台北の人はこんな店をまだ隠していたのか、という感じ。麺のモチモチ感がすごい。店主によると、『ウチの麺のコシは1日持つよ』とか」
台湾の麺類は軒並みスープはうまいのに麺がいただけない。翌日のスパゲティのように軟らかい。今朝も淡水市で麺を食べて肩を落としてきたところなのだ。麺には適度な固さ、いわゆるコシがあったほうがうまいという観念が台湾にはないのかもしれない。そう思っていただけに、この日本人ライターの紹介文に惹かれたわけだが、なんでも彼女は台湾メシにはまって台北に住み、日々うまいものを探し歩いているという。基本、僕はガイドブックに頼らず自分の足で店を探したいほうだが、ここは素直に先人の足跡をたどってみよう。
下町の一角にその店「老鄒刀切麺」はあった。調理場が店の外にあり、まるで露店だ。換気不要なうえに、調理がデモンストレーションになるから店にとってはいいことづくめである。台湾に多い形態だ。客席は調理場の背後の建物の中にあった。

客席のすぐそばで麺を打つ若い職人

そこに入った瞬間、「あ、間違えた」と思った。若い兄ちゃんが粉まみれになって、バン! バン! と生地をこねていたからだ。麺打ちの作業場ではないか。だがよく見ると、壁ぎわに客用のイスがあった。なんと、粉の舞う作業場に客席が設けられているのである。ちょっと戸惑ったが、しかし間近で麺の製造工程を見られるのは嬉しい。料理が来るまで遠慮なく見学させてもらおう。
生地をぐいぐいと押し、たたき、麺棒でのばし、折り重ねて、またぐいぐいと押す。それを何度も繰り返したあと、薄くのばした生地を折り重ね、包丁で切る。日本の蕎麦と同じ要領だ。なるほど、店名の「刀切麺」はまさにこの麺のことだ。
注文した「牛肉麺」がやってきた。うどんに似た平麺である。ひと口すすった瞬間、頬がゆるんだ。しこしこモチモチした弾力。うまい。台湾に来て初めての食感だ。丹念な作業が実を結んでいる。やればできるじゃないか。
大満足で店を出ると、二軒隣に《老趙刀切麺》という看板が見えた。さっきの店と一字違いだ。店の造りも同じである。さっきの店が特別なんじゃなく、「刀切麺」ならどれもコシがあるんじゃないだろうか。
その店に入り、再び牛肉麺を注文し、麺をズルッとすすった。
「…………」
うーむ、なぜだ。なぜこうなるんだ。ふにゃふにゃではないが、かなり軟らかい麺なのだ。なのにこの店のほうが客が入っているのである。職人たちは固い麺が打てないのではなく、コシのある麺がうまいという観念自体がやはり台湾にはないのかもしれない。日本でもアルデンテという言葉が通じない田舎では、決まってブヨブヨのスパゲティが出てくるように。

週刊ジャーニー No.1018(2018年1月18日)掲載