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【台湾編 64皿目】警官の弁当

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

花蓮に来て3日目に出発することになった。といっても目指すのは台湾一周のルートからは逆方向の光復という町だ。南へ約50㎞。その途中の村では今も人々が日本語で話しているというのである。前回はそこに行く途中で知り合った先住民たちとビンロウをやり、地酒をしこたま飲んで騒いだあげく、自転車で転倒し、肩に大けがを負った。だからその村にはまだ行けていないのだ。
前回とはコースを変え、国道9号線を行くことにした。道沿いに山が続いている。山が黒ずんで見えるぐらい緑が濃い。豊かだな、と思う。ヤシの木が青空にそそり立ち、スローモーションのように流れていく。
国道の路側帯は自転車が3台並んで走れそうなくらい広くとられ、サイクリングに恰好のレーンになっていた。自転車先進国なのだ。
亜熱帯特有の変わった木を見ながらこいでいると、車道に寄りすぎているのに気付いた。もう少しレーンの端に(台湾は右側通行なので右側に)寄ろうと、うしろを見たそのときだった。キュイーンという電気音とともに突っ込んでくるスクーターが目に入り、あ、いかん、と思った次の瞬間、ドンと強い衝撃を受け、路上に投げ出された。路側帯を走ってきた電動スクーターに追突されたのだ。エンジン音が静かだから気付かなかった。慌てて立ち上がり、自転車を見た途端に血の気が引いた。後輪のホイールがぐにゃりと曲がっているのである。気が付けば僕は関西弁で激高していた。
「アホか! どこ見とんねん!」
相手の男も顔面蒼白となっていた。学生らしい。警察に電話をさせた。
幸いケガはなかったが、前回同様またしても「日本語を話す村」に達する前に事故に遭ったのだ。見えない力に操られているような気味の悪さを覚えた。この方向は僕にとって鬼門なのだろうか?

ヤシの木と緑の濃い山が続く台湾の道

パトカーが来て、警官が事情聴取をしたが、通り一遍のもので、当人同士で示談という形になり、ホイール交換代を全額、相手に持ってもらうことになった。
警官は動かなくなった自転車をパトカーに乗せ、近くの町の自転車店に運んでくれた。学生もスクーターでついてきた。彼は一貫して殊勝な態度だった。
その自転車店には同じサイズのホイールがなかった。店主は花蓮の同業者に電話して探し回り、なんとか同じものを見つけてくれた。値段は1600台湾ドル(約5800円)だという。僕はその半分の800台湾ドルだけ学生に請求することにした。真面目そうな学生がだんだんかわいそうに思えてきたし、自分にまったく非がないわけではないという気もしてきたからだ。僕が後方確認した際、自転車がわずかに右に寄った可能性を完全に否定できなかった。
半分の額でいいよ、と言うと、警官は優しい顔つきになった。もともと柔和な顔をした警官だった。
学生は僕にお金を渡すと、肩を落としたままスクーターにまたがった。僕は思わず「ドイブチイ(ごめんな)」と言った。すると彼も本当に申し訳なさそうに「ドイブチイ」と返してきた。胸の奥にチクリとした痛みが走った。半分の800台湾ドルでも学生の彼には大金だったはずだ……。
学生が去ったあと、花蓮の店からホイールが届くまでのあいだ、警官が警察署に招いてくれた。彼は僕にお茶を出したあと、どこかに出かけた。それから10分ほどで戻ってくると、「パンヤオ(友だち)」と僕に言って微笑み、外で買ってきた弁当を渡してきたのだった。

週刊ジャーニー No.1001(2017年9月14日)掲載

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