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【~台湾編~最終話・前編】台湾一の感動メシ

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

とうとう旅の最終日がやってきた。
台湾に来たのは友人Tが「世界一メシが旨い」と言ったからだった。食べることが好きで、食のライターとしても活動している僕にとって、Tのその話は、しばらく眠っていた海外への好奇心に火をつけるものだった。自転車で走って腹を空かせて食いまくろう、そうして食天国台湾の中で最も感動するメシを探そう、そんなことを思った。自分の意思の赴くままに進む自転車旅行に、僕は大海原を自由に航行する宝探しのイメージを重ねているのだ。
で、今回の旅を振り返って一番の宝は何だったかというと、これが新竹市の店「黒猫包」で食べた肉まんなのである。台湾マニアから総スカンを食らいそうだが、評価の基準はあくまで僕だ。食べた瞬間の「うめえええ!」の爆発力が最も高かったのがその肉まんだったのである。
日本に帰る前にあの感動をもう一度味わいたかった。新竹までは往復約150キロだ。自転車で1日で往復するのは無理があるが、電車なら行ける。肉まんのためにわざわざ150キロも移動するなんてバカかという気もしたが、旅自体がそもそも酔狂なのだ。やってやろう。
その朝、キンキーさんがお別れの挨拶を兼ね、「永楽鶏巻大王」という店に誘ってくれた。名物の鶏巻は湯葉で肉を巻いて揚げた料理で、口に入れると湯葉の皮が香ばしく、パリパリと音を立てて崩れ、中から肉汁があふれ出した。
キンキーさんとはいろいろ語り合ったが、どういうわけかこの日は南京大虐殺の話になった。彼女は学校でそれを習い、日本人に恨みを持ったという。聞けば、日本の敗戦後、中国から進駐してきた国民党による凄絶な民衆弾圧、およびその契機となった2.28事件は習わなかったというから、以前は相当中国寄り、かつ反日寄りの教育だったのだろう。彼女はその後、日本人の友人ができて日本文化に興味を持ち、日本に留学するのである。

日本統治時代、1913年に完成した新竹駅

「みんな日本が大好きです。でも単純な“好き”じゃない。言葉にできない感情があります」
そんな彼らが、どうしてそこまで? と聞きたくなるぐらい僕によくしてくれたのだ。みんな信じられないくらい優しかった。
前にも書いたが、「徹底的に救済する」という理念を貫き、約500万人のメンバーを抱える世界一の仏教系慈善団体「慈済基金会」が台湾で生まれたのも自然のような気がした。そして僕のこの旅の直後に東日本大震災が発生し、人口約2,350万人の台湾から200億円強という世界最多の義援金が寄せられるのである。台湾を旅して現地の人の無類の優しさに接した人は、あの義援金のニュースに多くのことを感じたはずだ。
僕はキンキーさんと握手して笑顔で別れた。それから電車に乗り、車窓の向こうを流れていく熱帯植物を感傷的な気分で眺めていた。
約1時間後、新竹駅に到着。外に出て振り返ると、日本統治時代に造られた台湾最古の巨大な駅舎が見えた。要塞のように重厚、かつ美術館のような豪奢さだった。
前回はたいした距離じゃないと思ったが、自転車というのはやはり速いものだ。駅から歩いてみると、「黒猫包」まで約20分かかった。行列が見えてきた。《つづく》

週刊ジャーニー No.1031(2018年4月19日)掲載