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◆◆◆《第479回》◆◆◆
ロンドン交通局とウーバー

ウーバーの名を知らない人はいないだろう。携帯電話のアプリを使って客のもとへ素早くタクシーを配車するビジネスモデルを考案し、世界にネットワークを広げたアメリカの会社である。五年前にロンドンに進出したが、客を奪われることを恐れたブラック・キャブの運転手たちから「正規のタクシーにしか設置が認められていないメーターと同様の機能を持つ携帯電話を使用するのは違法だ」と提訴されるなど物議を醸して来た。二年前に高等裁判所が「携帯電話の使用は違法ではない」という判断を下したがブラック・キャブの団体、LTDAは納得せず大規模なデモを行なうなど抗議運動を続けた。

そのウーバーに対してロンドン市の交通局が九月末をもって営業免許の更新に応じない旨の通達を出したのは九月二十二日のことだった。「ウーバーの無責任で不適切な行為によって公共の安全が損なわれる恐れがある」というのがその理由だった。不適切な行為として指摘されたのは同社と契約している運転手の犯罪歴を当局に報告していなかったことである。この決定を聞いてブラック・キャブの運転手たちが喜んだのはいうまでもない。反対運動がようやく実を結んだからである。LTDAはこの数ヵ月、交通局やロンドン市に対して強力なロビー活動を行なって来たともいわれている。

ただウーバーは完全に営業が出来なくなったわけではない。同社には交通局に反論する権利があり、裁判を起こすことも出来る。そうした手続きが取られた場合、最終的な結論が出るまでは営業を続けることが可能だ。交通局の決定が伝えられた時、ウーバー・ロンドンの代表者は「大勢のロンドン市民の利便性を無視した時代錯誤な判断だ」と怒りを隠さず、法的手段も辞さない構えを見せた。

確かにウーバーの利用者は多い。新聞報道によればロンドン市内だけで三百五十万人にのぼるという。ウーバーの車は乗客が待つ場所へ迅速に来てくれる上にブラック・キャブより料金が安い。早くて安ければ利用者が増えるのは当然だ。交通局の決定に対しても一般市民から「反対」の声があがり、インターネットを通じて署名運動が始まった。署名者は数日のうちに三十五万人を超え、この原稿を書いている時点で八十万人に達している。署名者の多くは「企業間の自由な競争」を阻害する交通局の硬直性を批判している。交通局が新興企業であるウーバーの邪魔をして伝統的なブラック・キャブの権益を守っているように見えるのだろう。

ウーバーをめぐる一連の騒動には三つの問題が絡み合っている。一つ目はウーバー自身の経営姿勢である。確かにウーバーの車は大勢の市民に利用されているが、過去に運転手が何度か事件を起こしたことは事実である。ろくに英語を話せない外国人の運転手がいるともいわれている。英語が話せなければ事故などの緊急事態に対応出来ない。その意味で「公共の安全が損なわれる可能性がある」という交通局の指摘はもっともである。

二つ目はウーバーのITを使った機動的なサービスと低廉な料金である。その利便性は既存のブラック・キャブを上回っており、多くの利用者がウーバーを支持する理由になっている。そうした新しいビジネスモデルを排除することは時代に逆行することであり、市民が反対するのは当然だ。これら二つの問題は次元が全く異なるので分けて考えなければならない。

三つ目の問題は市民全体に関わる重大な事柄である。それはロンドンの深刻な交通渋滞と大気汚染だ。現在ロンドンで営業しているプライベート・ハイヤー(ミニ・キャブ)はおよそ十二万台にのぼる。これは四年前の約二倍である。同じ地域で稼働するブラック・キャブの二万一千台に比べればその数が多過ぎるのは明らかだ。この傾向に歯止めをかけないとロンドンの環境は悪化する一方だろう。

交通局の決定に激しく反発したウーバーだったが十月に入って態度を軟化させた。イギリス法人のトップが交代し、交通局に謝罪するとともに協議を申し入れた。カーン市長はこうした動きを評価しており、営業免許の問題は裁判ではなく話し合いで解決する可能性が出て来た。しかしそうなるとブラック・キャブの団体が黙っていない。

運転手の質とサービスの利便性、さらに交通渋滞と大気汚染―。複雑に絡み合ったこれらの問題を解決することは容易ではない。どうやらロンドンのタクシー行政は制度そのものを抜本的に見直す必要に迫られているようだ。

週刊ジャーニー No.1009(2017年11月9日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。

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