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【ブータン編 第23話】
高山病と怪しい宿

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

坂を上り始めてからすでに走行距離は50キロを越えていたが、道は依然として上へ上へのびていた。こんなに長い峠は中国とパキスタンの国境以来だろうか。ずいぶん寒くなってきた。空気がやけに薄く感じられる。ひどい息切れだ。標高3,000メートルは越えたに違いない。夕方の気配がどんどん濃くなってくる。
道の先のほうでガイドのテンジンが待っていた。そこまで行くと足をつき、口もきかずハァハァハァと荒い息を吐く。顔を上げると運転手のテイチもいた。心配そうにこっちを見ている。車に乗ったほうがいいんじゃないか。目がそう語っている。でも車に乗せてもらおうとは思えなかった。それをやったらなんのために7時間もかけてここまで上ってきたのかわからなくなる。
再びペダルを踏む。あれ、力が入らない。こけそうになるのをこらえながらふらふら漕ぐ。高山病だろうか? いやまさか。過去の登山が思い出された。アフリカのキリマンジャロでは標高5,800メートル地点で足に力が入らなくなり、1歩踏み出すたびに膝に手を突いて喘いだ。南米のアコンカグアでは6,200メートルで朦朧として手袋をはめることもできなくなり、ぎりぎりの状態で下山した。体質的に高度に弱いのだろう。時間をかけて慎重に高度順化してもあんな状態だったのだ。
テンジンは自転車で僕の横について走りながら「ゆっくりね、ゆっくりね」と言ってくれる。僕はバカになったように無心で漕いだ。
午後5時、道路の先に仏塔が見えた。頂上だ。標高3,360メートルの峠「ペレ・ラ」にやっと着いたのだ。
仏塔は道路の真ん中に立っていた。それを右回りに通らなければならないらしい。昨日の峠も同様だったからブータンの峠ならではなのだろう。その仏塔の前でテンジンと肩を抱き合って撮影すると早々に坂を下った。喜びに浸っている時間はなかった。今日泊まる予定の町トンサまではまだ約50キロあるのだ。

標高3,360メートルの峠「ペレ・ラ」の頂上。左がガイドのテンジン。

50キロ以上も上ったのだから、トンサまでの50キロは下るだけだろう、それなら2時間もかからずに着くはずだ、と踏んでいたのだが、これが誤算だった。たしかに最初はぐんぐん下ったのだが、10キロも進むと平地になり、再びペダルを漕がなければならなかった。もはや気力も体力も残っていなかった。日没まであとわずかだ。残り40キロ。僕はここで初めて泣き言を言った。
「ダメだ、テンジン。トンサまでは無理だ。次の集落に宿があったら、そこで泊まれないかな」
テンジンはテイチと話し合ったあと、思いのほか簡単に承諾した。
「わかりました。この先に宿があります。そこに向かいましょう」
外国人は1日あたり200米ドルの滞在費を払ってガイドと運転手をつける、というルールのせいもあってか、タイのようにいたるところ旅行者であふれている国ではない。にもかかわらず、「HOTEL」と書かれた看板をあちこちで目にするのだ。地元の人の往来は盛んらしい。また外国人旅行者は事前に予約した宿に泊まることが義務付けられていると思うが、そのルールもまったく融通がきかないわけではないようだ。いずれにしても助かった。
ところが暗くなる直前に現れたその宿を見た瞬間、ゴクリと唾を飲んだ。宿のまわりにはなぜか野良犬のような犬が何頭も横たわっていて、宿全体が薄汚れ、どんよりした退廃的なムードに覆われていたのだ。
「やっぱりトンサまで行ったほうがよかったかも……」

週刊ジャーニー No.1056(2018年10月11日)掲載