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【ブータン編 第15話】
集落の子供たち

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

郵便局で切手を作ったり、世話になった旅行代理店に挨拶に行ったりしているうちに首都ティンプー出発が昼過ぎになってしまい、僕は焦りまくっていた。今日目指す町は70キロ先で、そのうちの実に約20キロは延々上り坂なのだ。標高にして3,150メートルの峠を越えなければならないのである。今いるティンプーの標高は2,400メートルだが、ここから一旦2,200メートルまで標高を下げるので、峠の頂上までは1,000メートル近い標高差になる。明るいうちに町に着けるかどうか実に心もとない状況なのだった。
町を出て坂を下っていく。建築中の高層ビル(でもブータンの伝統美に彩られている)が道の両側に並び、いかにも建築ラッシュに沸いているといった様子だ。その一帯を抜け、山道に入ると、いきなり激坂が始まった。まだ高所に慣れていない僕の心臓はドドドドド! と早鐘を打ち、破裂するんじゃないかと怖くなってくる。ハアハアと荒い息をつきながら、こんなのがあと20キロも続くのか、と思うとゾッとした。ところがしばらく行くと勾配はゆるくなり、だらだらした上りが続くようになった。山肌は杉に覆われ、日本の景色に少しばかり似ている。
道は舗装されているが、穴ぼこだらけだった。ガイドのテンジンによると2003年からインド人が道路工事をやっているとのこと。
「2003年? そんなに昔じゃないやん!なのにもうこんなに穴だらけなの?」
「インド人クオリティですよ」

テンジンはにやりと笑う。

手を振ってきた村の子供たち

テンジンたちのバンは数キロおきに僕を待っていた。ブータンを旅する際はガイドと車と運転手をつけなければならない。それなら、上りは車に自転車を積んで峠の頂上まで運んでもらい、そこから自転車に乗る、つまり下りだけサイクリングをすればいいやないか、とせこいことを一瞬考えたのだが、しかしそれではヒマラヤの国ブータンを旅したことにはならない気もするし、それに何より自分に負けた感じがしてスッキリしないだろうなと思えた。ましてやこの旅のゴールである松茸祭りで松茸を食べる喜びも、自力で辿り着くか否かで大きく変わるに違いないのだ。そもそも僕が世界一周という旅を自転車でやったのもそこを重視したからである。膨大な時間とお金をかけて世界をまわるのだから、最も感動の大きい手段でやりたかった。電車やバスで辿り着いて見る景色と、自転車で汗を流して見る景色はまったく質が異なるのだ。
森が開け、数軒の家が現れた。どれもこれも巨大な伝統家屋だ。軒が大きく張り出し、細かい積み木をたくさん積んだような緻密な装飾が施されている。この国の経済状況を思うと、どの民家もちょっと理解に苦しむほどの豪華さだった。
家の前に女の子が2人いた。僕と目が合うと、笑顔になって「バイバイ」と叫び、モミジの葉のような小さな手をひらひら振ってくる。アフリカだ! そう思って体が一気に熱くなった。子供が無邪気に手を振る、といった行為は世界中で見られるように思われるかもしれないが、実はそんなことはなくて、僕の体験した中でそれが見られたのは、ブラックアフリカのいくつかの国と東南アジアのラオスぐらいだったのだ。

それからも集落が現れるたびに子供の「バイバイ」が聞こえ、僕も笑顔で手を振り返した。こんなに嬉しく、楽しいことはなかった。これもまた自転車で走らなければ得られなかった経験に違いないのだ。

週刊ジャーニー No.1048(2018年8月16日)掲載