【新型コロナ】102年前に5億人が感染!! スペイン風邪を知る

1918年、米オークランド市講堂でスペイン風邪の患者の世話をする赤十字の看護師たち。

■ 今から102年前の1918年。第一次世界大戦が終盤を迎えていた頃、人類は当時の世界人口の3分の1にあたる5億人が感染するという史上最悪のインフルエンザのパンデミック(大流行)に直面した。

通称「スペイン風邪(Spanish Flu)」の第一波は1918年3月頃にやって来た。発生源は米国とされている。米国が第一次世界大戦に参戦し、大量の兵士がヨーロッパに渡ったことで、北半球を中心に爆発的に拡大した。参戦各国は軍が情報を統制していたが、中立国だったスペインが最初に感染情報を発信してしまった。そのため、発生源でもないのにこのインフルエンザは「スペイン風邪」と呼ばれた。

スペイン風邪の第一波は、感染性は高かったものの致死性はそれほどでもなかった。春になって気温が上がると自然と収束した。しかし同年晩秋、第二波が襲った。それも致死率が10倍に強化していた。医師や看護師の多くが感染し、医療体制が崩壊した。通常のインフルエンザと異なり、15~35歳の若年層に死者が多くみられた。死亡例の99%が65歳以下だったという資料もある。これは後の研究で、1889年以降に生まれた人は、それ以前に流行した類似したインフルエンザの免疫を獲得していなかったためと言われている。

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翌1919年の冬には第三波が来襲し、さらに多くの犠牲者を出すことになる。感染者に施せる医学的手段は限定された。感染予防対策は患者の隔離、個人の衛生管理と消毒、集会の延期程度しかなかった。春に気温が再び上昇したことでスペイン風邪は収束に向かった。

最終的に感染患者数は当時の世界人口の3分の1にあたる5億人。死者数は4000~5000万人と言われる。英国での死者数は22万8000人。日本では39万人にのぼった。このスペイン風邪で落命した人の中には、ドイツの政治学者マックス・ウェーバーや画家のグスタフ・クリムトがいた。日本では劇作家の島村抱月や女子教育者の大山捨松などが亡くなっている。

スペイン風邪のパンデミックから102年。人類はこれに学び疫学は飛躍的進歩を遂げ、抗生物質やワクチンも手に入れた。この100年の間に積み上げた人類の英知を信じ、皆で新型コロナウイルスを乗り越えたい。

By 週刊ジャーニー (Japan Journals Ltd London)