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【ブータン編 最終回】エピローグ

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

ブータンを発つ日は朝から買い物に走りまわった。物欲が薄いので自分のために土産を買うことはないのだが、前年に結婚したため、手ぶらで帰るわけにもいかなかった。それに相手の喜ぶ顔を想像しながらの買い物というのはなかなか楽しい。友人たちにもいろいろ買っていきたかった。ブータンの絹織物が結構いいのだ。柄が細かくて光沢があり、僕なんかでも購買意欲をそそられる。そのくせ値段も安い。1平方メートルで20米ドルぐらいだ。うーん、ちょっと安すぎるか。本当の絹かな? まあいいや、きれいなのは間違いない。柄の違う布やバッグ、小物入れなどたくさん買った。
テイチの運転で空港に向かった。車窓の向こうには中世の世界が広がっている。どの家も伝統美に彩られ、まるでお寺みたいだ。初日に目にして衝撃を受けたこの世界を、今では僕も当たり前のように感じている。
空港に着いた。ターミナルビルはやはり今見てもすごい。要塞化した巨大な寺といった感じだ。
自転車など荷物を預けてチェックインを終え、ガイドのテンジンと運転手のテイチに向き直った。
「君たちが担当してくれて、本当によかったよ。ありがとう」
そう感謝を述べ、チップを差し出した。ふたりとも照れ臭そうな顔で礼を言った。爽やかだった。彼らと抱き合い、出国ゲートに向かった。
手続きを慌ただしく終えて搭乗し、窓の外をぼんやり眺めた。彼らは例外だな、と思った。旅行者相手の仕事に就いている人々は、往々にしてすれた気配を感じさせるものだが、ブータンは違う。外国人旅行者は必ず1日あたり200米ドル払ってガイドと運転手をつけなければならない。その縛りが、旅行者の数を引き下げ、結果としてガイドたちのモラルの低下を防いでいるのかもしれない。あるいは国民総幸福量の向上といった目標や自然環境を第一に考えた政策など、この国の意識の高さが、民度を引き上げているのか。いずれにせよ、テンジンやテイチをはじめ、旅で出会った人々からは、一様に爽やかな印象を受けたのだ。
幸せの国。それは国が決めた方向性だ。ひとりひとりの感じ方は違うだろう。幸せに決まった形はない。ただ、表層部をなでた旅人の印象でしかないが、少なくともこの国からはギスギスした雰囲気が感じられず、人々は鷹揚で、そして意外にも底抜けに明るかった。

我が家の玄関にかかっている ブータン土産の絹織物の布と手提げかばん。

飛行機を3便乗り継ぎ、成田に着いたのは翌日の午後だった。
海外から帰ると、日本が異様に見えることがよくあるが、このときはそれが顕著だった。ビルの群れに、無数の道路。外国かぶれして日本批判を繰り返す人を、僕はあまり感心しないが(愛国的精神から感心しないのではなく、批判の内容がたいてい幼稚だから)、このときは反射的に、日本の町並みが醜悪だと感じてしまった。もっとも、この違和感だらけの世界も、すぐに日常に変わるのだろう。ブータンがそうだったように。
帰宅後、山のような土産話を妻に語って聞かせた。それから土産物を広げていった。紙包みが出てきた。旅行会社の社長のソナムからもらったものだ。追加料金をとりにきたんじゃないかと疑心暗鬼になっていた僕に、ソナムがプレゼントだといって渡してきた、あれだ。バタバタしていたせいもあるが、あえて中を見ずに持って帰ったのである。
包みを解いた。ブータンと小さく書かれたきれいなTシャツが、妻の分と合わせて2着入ってあった。

週刊ジャーニー No.1097(2019年8月1日)掲載