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【ブータン編 第56話】ハという町

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

ブータンの車道で最も高い地点は、標高3,988メートル。森林限界なのか、木らしい木もなく、山は苔のような緑に覆われている。いかにも別天地だ。そこから下っていくと、次第に緑が濃くなり、木々が現れ、森の香に包まれる。やがて視界が開け、谷底に集落が見えた。「ハ」だ。インドと中国との国境至近といったデリケートな場所のため、長らく外国人観光客は入れなかった場所である。そのため古き良きブータンが残っているんじゃないか。そう期待してやってきたのだ。
坂を下りきってバスの発着所らしき場所に出ると、「ああ、やっと会えた」と思った。通り沿いに長屋風の巨大な木造家屋が並んでいる。どの家も軒や窓枠に緻密な紋様が入った伝統建築だ。これまでの道中で見てきた家々と同じ様式だが、重厚感が違った。昔からこうだったんだな、と思わせる説得力のようなものがあった。
松茸祭りで会ったライターの言葉が脳裏によぎった。ブータンのガイドブックを書いている男性で、彼はことあるごとにブータンを「コスプレ国家」、あるいは「テーマパーク」と揶揄していたのだ。
うがった目でこの国を見れば、たしかにそういう風にも映る。首都ティンプーでは建築ラッシュを目の当たりにしたが、どのビルも伝統様式を模したデザインだった。日本の古い街並みに立つ茶色いコンビニのようなものだ。悪く言えば、おざなり、あるいは、つくられた情緒、というのはやはり感じる。逆に好意的に見れば、景観に配慮した意識の高い街づくりが行われている、とも言える。いわゆる景観条例だ。そのような方策は世界各地で見られる。テーマパークのような古都も実際多い。ブータンではそれを国家ぐるみで国の全域でやっているというわけだ。なぜかといえば、観光客誘致よりはるかに切実な問題がこの国にはあるからである。インドと中国といった大国にはさまれた、地政学的に厳しい場所で、独立を維持するために、伝統と文化を国際社会にアピールする必要があるのだ。

ハの古い街並みには民族衣装がよく似合う

非常に賢明なやり方だと思うが、テーマパークと揶揄したくなる気持ちもわかる。ティンプーのビルのように、あらゆる建築物を、なかば無理やり一定の様式に沿わせた光景は、少々いびつにも見える。またお年寄り以外は、普段の生活では洋服姿の人が圧倒的多数だが、公式の場では全員が民族衣装を着ている。コントロール――。その空気を感じなくもないのだ。ただ、そのことに不平を漏らす人には会わなかった。貧しさへの不満ははちらほら聞いたが、国の文化事業については誰もが誇りを持っているようだった。ブータンが考える「幸せ」には伝統と文化が織り込まれている。実際そうだろう。世界を見てきた今は、以前よりも強くそう思う。
ともあれ、ハにはテーマパークっぽさはなかった。つくられた感じがなく、家並みが風景になじんでいた。風土と伝統から自然とにじみ出る美。それこそ本当の文化だ。だから「やっと会えた」と思ったのだろう。
いや、それだけじゃない。もっと簡単な理由があった。家の前にたたずむ人々だ。彼らの多くが民族衣装を着ていたのだ。もちろん、公式の場でもなんでもない、日常のひとコマである。人々は着せられているのではなく、自ら民族衣装を選び、着ているのだ。そんな人たちが、自転車の進行に合わせてゆっくり流れていた。遠くまで来た……。その“至福の感慨”に、僕は包まれていたのだった。

週刊ジャーニー No.1089(2019年6月6日)掲載