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【ブータン編 第44話】松茸祭り―序章―

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

民泊した夜、地酒のアラを浴びるほど飲んで前後不覚になり、気が付けば朝だった。乱れた様子なく布団に寝ていたから迷惑はかけていないと思うのだが……。おそるおそる居間に行くと、家のおばさんは僕を見てにっこり笑った。ほっ。
さあ、今日はとうとう松茸祭りである。これを目指していくつもの峠を越えてきたのだ。
会場に行くと、広場をぐるりと囲むように出店が並び、幟が立っていた。思ったより立派な祭りだ。広場にいる村人全員が民族衣装を着ているのにも心が躍った。

民族衣装を着た人々で賑わう松茸祭り

日本の着物に似たこの衣装はブータンのイメージそのものだが、実は学校や役場といった公式の場や、観光客相手の仕事に携わる人が着るだけで、お年寄り以外の人はだいたい普段は洋服を着ている。でも祭りでは民族衣装を着る習わしなのだろう。それを着た群集が蠢く様子ほど異国情緒の濃い眺めはなかった 。
でも……ちょっと妙だな。外国人の姿があまりない。松茸祭りなのだから日本人はもっといてもよさそうなものなのに。ま、まだ開始前だ。これから集まってくるのだろう。と思っていたら、ひとりいた。50歳ぐらいの男性で、一眼レフカメラを首から提げ、慣れた様子で人々のあいだを歩き、写真を撮っている。同業者かな?
近づいていき、話しかけてみると、ビンゴだ。某ガイドブックのライターだった。ブータンを初版から10年以上担当しているという。いわばブータンのスペシャリストだ。さぞかしこの国に惚れこんだのだろう、と思ったら、彼の口からは辛辣な言葉ばかり出るのである。
「祭りのときだけ民族衣装を着たりするでしょ。要するにコスプレだよ。対外的にどう映るかばかり考えているんだ。どうすれば外国人に受けるだろうって。結局プレゼンテーション国家なんだよね」
うーん、身も蓋もない。
「この松茸祭りも格好だけだよ。健康志向のパネルを展示したりね。誰もそんなの興味ないよ。日本人が松茸が好きだからって5年前からこの祭りを始めたんだ。そもそもブータン人は松茸に執着ないからね。彼らはシメジのほうが好きなんだ」
村の道路脇にシメジがたくさん干されていた光景が脳裏に浮かんだ。

民泊させてもらった家。ここでもシメジが干されている

「彼らの祭りなのに、彼らの関心の低い松茸をテーマにやってもね、そりゃ中途半端になるよ。だからほら、もう祭りが始まるというのに外国人の姿が少ないでしょ」
彼の言っていることは、たしかにわかるのだ。否定的な面だけ見ればなんでも風刺できる。
そんな彼がメインライターとして書いたガイドブックは、しかし、とてもよくできているのである。シリーズのラインナップのなかでも出色の出来だろう。微に入り細をうがった内容で、ブータンに相当な思い入れがなければ書けないはずだ。
勝手な解釈だが、一様ではない愛情を持ってるからこそ、適当に見過ごすことができず、もっとこうなってほしい、という熱い思いが辛辣な言葉になって出るのではないか。彼が書いたであろうガイドブックのあとがきを読んで、ますますそう思わざるをえなかったのだ。「この10年間、版を重ねるたびに、宿やレストランや道路の情報が拡充されていったが、それはそのままブータンの社会の変化を物語っており、消えていった伝統が増えてきた」とし、こう結んでいるのである。
「ブータンがいつまでも世界の美しき例外であることを祈って」

週刊ジャーニー No.1077(2019年3月14日)掲載