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【ブータン編 第60話】旅の終わりに②

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

ブータンで最後のサイクリングを終えると、自転車を車にのせ、僕自身も助手席に乗った。パロに戻り、明日は飛行機でこの国を出る。
後部座席にいるガイドのテンジンが言った。
「ソナムがこっちに向かってます。パロで落ち合います」
「えっ、なんで?」
ソナムは僕を招いた旅行会社の社長だ。問題でもあったのだろうか?
「話があるそうです」
彼がいる首都のティンプーとパロを往復すると約100キロになる。そんな距離を走ってわざわざ会いにくるなんて……。
心当たりがあった。ブータンを旅する際は、滞在1日あたり200米ドルの「公定料金」を払わなければならない。そこには交通費、宿泊費、ガイド代等々が含まれる。つまりパッケージツアーのような形になるわけだが、旅の初日の夜、パロで泊まった宿が、僕にとっては不必要なくらい豪華だった。確かに快適で食事もおいしかったが、リッチな旅をしたいわけではなかった。
一番の問題は、そういった外国人ツーリスト向けの豪華なホテルは往々にして郊外にあることだ。食事もホテルでとることになる。町の人と交流できないのだ。
地元の人が泊まるような町中の宿に替えてほしい、とテンジンに言った。ボロい宿にグレードを下げても差額が僕に返ってくるわけじゃない。同じ料金ならいい宿に、と考えるのが普通かもしれない。でも僕はそもそも宿はただ寝るだけの場所だと思っている。最低限の清潔さだけあればいい。世界一周ではキャンプが何日続いても平気だった。

最後のサイクリング中に撮った1枚。 これから向かう道。こっちの方向でよかった……。

こんな要求をする旅行者は初めてだったのか、テンジンは戸惑った顔をした。それから誰かに電話した。ソナムだろう。テンジンは曇った顔のまま話している。とりあえずOKが出たようで、その日以来、町中の宿に泊まり、町の酒場で地元のおじさんと飲みかわすことができるようになった。
ところが、宿の変更にはお金がかかる、ということをあとから聞いたのだ。解せなかった。どの宿もガラガラではないか。予約をキャンセルしたからといって宿側に損失を与えるとは考えづらい。もっとも、ルールなら仕方がないが、キャンセル代は宿のグレードを下げた差額で賄えるだろう。そう思ったので、このときは聞き流した。
でもここは外国である。常識も感覚も違う。差額で賄える、というロジックは、ここでは通用しないのかもしれない。ソナムがわざわざ僕に会いにくるということは、発生した金額を回収しにくるということではないか。

最後のサイクリングで出会った子供たち

しかし、それなら「キャンセル代はあなたの負担になりますが、いいですか」と先に断るのが“筋”だろう。事前通告なしで追加料金だなんて。もっとも、これについてもブータンでは別の“筋”があるのかもしれないが。
そんなことをうだうだと考え、悶々としながら40分ほど車に揺られるとパロに着いた。
ブータンの玄関口、パロにはツーリスト向けの店も多い。見るからに高そうなレストランの前で車は停まった。ソナムはすでに来ていた。フォーマルな黒っぽい民族衣装を身に着け、お付きを連れている。いかにも戦闘態勢だ。やれやれ。文句のつけようのない旅だったのに、最後はすっきり終われないようだ。――つづく

週刊ジャーニー No.1093(2019年7月4日)掲載