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【キューバ編 第14話】キューバの手触り

キューバ地図
石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

キューバに着いた翌日、この日は1日、首都のハバナ観光にあてた。
世界遺産の旧市街に行くと、昨晩の陰惨な印象からは打って変わって、豪奢で華やかな街並みが広がっていた。列柱にバルコニーに過剰なほどの装飾等々、それらをあしらったコロニアル建築が並ぶ様はまるでオペラのセットのようだった。かつてラテンアメリカで最も繁栄した都市というのも頷ける。
海のほうに行くと、オッと目を見張った。クラシックカーがたくさん並んでいて、まるで展示場だ。古い車のはずなのにどれも新車のように光っていた。《TAXI》という札が貼られている。若い兄ちゃんが「市内観光をしないか?」と声をかけてきた。どうやらピカピカのクラシックカーで市内をまわるのがハバナ観光の定番らしい。今ならインスタ映えなるものを目指す旅行者にうってつけなのだろう。でも僕はSNSにも車にも興味がない。古い街並みの中を古い車が走っているシーンが好きなだけで、高いお金を払って乗りたいとは思わない。それに正直、新車のようなピカピカのクラシックカーには少しも惹かれなかった。生活感がないからだ。観光客向けという点で、もうそれはこの町にとってリアルじゃない。そのへんを走っているボロボロの車のほうがずっとカッコいい。本物だからだ。ツアー旅行が心底楽しめないのと似ている。“見せられている”状態では興が乗らないのだ。自ら行って本来の姿を見たいのだ。

ハバナ旧市街に展示場のようにずらりと並ぶピカピカのクラシックカー

“クラシックカー展示場”を離れ、入り組んだ路地を入っていく。広場に出た。レストランやカフェが広場を取り囲み、テラス席は白人観光客だらけだ。広場には様々なパフォーマーがいた。竹馬のようなものを足に付けて倍ぐらいの身長になり、サルサに合わせて踊るグループがいる。極彩色の衣装に包まれ、笑顔で踊る彼らの姿はいかにもキューバだ。ほかにもたくさんの演奏家が広場のあちこちで楽器を鳴らしていた。広場が音楽で沸き立っている。白人観光客たちも満足そうに眺めている。
そこを離れ、入り組んだ路地にどんどん入っていくと、下町情緒あふれる古びた地域に出た。
1軒の家に人が群がり、みんな立ったまま何か食べている。背伸びして彼らの頭越しに覗くと、家の窓際にコンロとフライパンが置かれ、それで焼かれたピザが窓から売られていた。でも看板はない。見た目は単なる民家だ。そういえば街全体を見渡しても看板の類が少ない。店を探すのもひと苦労だ。そっか。競争社会がまだ成熟していないんだ。社会主義国家のキューバが自営を一部認めたのは最近なのだ。

キューバ人向けの店は看板がないことが多く、わかりづらいが、激安

僕もピザを頼んだ。10人民ペソ(約50円)だ。
キューバには2種類の通貨がある。国民向けの人民ペソと、外国人向けの兌換ペソだ。使える店も一応分かれている。ただ、外国人でも国民向けの安い店を利用できるし、兌換ペソで払って、人民ペソでお釣りをもらうこともできる。もちろんその人民ペソを使うこともできる。
焼きたてのピザを食べると、トマトとチーズの香りが顔を包んだ。実にシンプルな味だけど、うまい。ああ、なんかいいな。地元の人たちに交じって彼らと同じように立ったまま同じものにかぶりつく。ここに来て初めて、キューバに直に手で触れた気がした。これが心底楽しいのだ。

週刊ジャーニー No.1111(2019年11月7日)掲載