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【キューバ編 第33話】キューバのバス停

キューバ地図
石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

 平らな大地の上をまっすぐな道がのびている。追い風がサトウキビの穂を激しく揺らし、僕の背中をぐんぐん押してくれる。やっぱりこっちの方向で正解だったんだ。
当初はキューバの玄関口ハバナから東部の都市サンティアゴ・デ・クーバを目指す予定だったが、出発直前にその予定を変え、夜行バスで先にゴールのサンティアゴ・デ・クーバに移動し、そこからハバナに向かって逆走することにした。キューバでは常時東風が吹いていると気付いたからだ。追い風で軽くなったペダルを回しながら、変更は英断だった、と思った。風に気付かずハバナから走り始めていたらえらい目に遭うところだった。
前方に小さな影がふたつ浮かんだ。わっ、自転車だ。こっちに向かって漕いでいる。カップルだ。西洋人っぽいな。荷物をたくさん積んでいる。旅行者らしい。
声をかけようかと思ったが、彼らは向かい風の抵抗を減らすために頭を下げ、いかにも辛そうに漕いでいる。彼らが僕に気付いたのは僕とすれ違う直前で、僕が手を振ると、彼らも自転車をこぎながら手を振ってきた。きつそうな顔に苦笑が浮かんだ。彼らには申し訳ないが、ほんとこっちの方向でよかった。
しかし、いたんだな、と思った。キューバで初めて会った自転車旅行者だった。社会主義で閉ざされたイメージがあったから、自転車で旅する人は少ないだろうと思っていたが、町を出た初日から会うとはなぁ。やはりアメリカとの国交再開がきっかけだろうか。僕がそうなのだ。アメリカの市場経済が流れ込んで、キューバが変わる前に見ておかなきゃと慌てた。さっきの町で見た馬車の群れ、ああいう光景はいつまで見られるだろう。

なだらかな丘や平野が延々と続くキューバの郊外

地図から察せられたとおり、町は少なかった。なだらかな丘か平野が延々と続く。小さい国だと思っていたが、郊外に出ると自然はずいぶんと大きく感じられた。山も障害物も少ないから遠くまで見渡せるのだ。雄大さを感じるのに面積はそれほど必要ないのだろう。種子島を走ったときは、太古のような大自然が見渡す限り広がり、痺れたものだった。
サトウキビ畑の横に、バス停があった。屋根が付いたコンクリート製の立派な小屋だ。反射的に「泊まれるな」と思ってしまう。19歳で自転車日本一周をして以来、四半世紀続く条件反射なのだ。日本ではたびたびバス停小屋に泊ったし、世界一周の旅でも何度か利用した。スイスのある田舎のバス停は大きなログハウスで、綺麗な洗面所やトイレまでついており、悪天続きでもあったので2泊させてもらったこともあった。
キューバではさすがにバス停に泊るつもりはなかった。短期の旅で節約の必要はないし、こんなに立派なバス停があるとは思いもしなかったから、寝袋なんかも持ってきていなかった。
自転車旅行は街道を走るのでバス停は印象に残る。国によっていろんな形があるからおもしろいのだ。
キューバのバス停は西側の先進諸国と比べてもかなり立派で、アーティスティックな趣きも感じられ、そのあたりにも社会主義の特徴が出ているのかな、と興が湧いた。自転車世界一周の旅は、ただただぼんやりペダルを漕ぎ続けたアホのような日々だったが、しっかり血となり肉となっている。

思いのほか立派だったキューバのバス停

週刊ジャーニー No.1130(2020年3月26日)掲載