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【キューバ編 第9話】空港の外から始まる
別世界

キューバ地図
石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

飛行機は時間通り、14時にハバナに降り立った。外に出ると思ったより暑くない。日本の初夏ぐらいか。今は1月で北半球のキューバも真冬だが、常夏のイメージがあったので苛烈な暑さを想像していた。
イミグレーションは長蛇の列だった。一刻も早く空港を出たいのに……。これから自転車を組み立て、25㎞先のハバナ中心部まで走り、宿に入らなければならないのだ。初めての国で、暗くなってから荷物を持ったままうろうろしたくない。
じりじりしながら列に並んでいると、徐々に前に進み、ようやく自分の番が近づいてきた。係員がツーリストと笑顔で話をしている。手は止まったままだ。こんなに人が並んでいるのに何をしてるんだ。頭がカッカしてきたが、この効率軽視ののどかさが社会主義国なのだ。別世界のムードを味わいたくて来ているのだが、世界でも有数の几帳面さと忙しさを持つ国、日本から来ると、慣れるまで多少時間はかかる。
やっと僕の番が来た。通り一遍の質疑応答なのに、わざとなの? と首を傾げたくなるぐらいテンポが遅い。体感で10分ぐらいやりとりして、なんとか入国が許可された。
次に荷物の受け取りだ。ここが最も緊張する。自転車はきちんと同じ飛行機に乗せられただろうか。
ターンテーブルはすでにまわっていた。輪行袋に入れた僕の自転車は……ない。人々は次々に自分の荷物を受け取って出ていく。心の中で手を合わせる。届かなかったら目も当てられない。だんだん人が少なくなってきた。まさか。いやでも社会主義国だから何が起こるか……。そんな堂々巡りをしていると、来た! 僕の自転車だ! 全身からため息が出た。でもまだ不安が解消されたわけではない。手荒に扱われて破損していないだろうか。前回のブータンはひどかったのだ。致命傷ではなかったもののフレームが曲がっていて肝を冷やした。
荷物と輪行袋に入れた自転車をカートにのせて税関を通り、到着ロビーに出る。祈る思いで輪行袋を開けると、うわっ、なんじゃこりゃ! 脂汗がにじみ出てきた。
実は出発前に自転車のパーツを新調していたのだ。その真新しい泥除けがぼこぼこに曲がっている。マジかよ、ふざけんなよ、ぶつぶつそう言いながら、ペンチで矯正し、自転車を組み立てていく。どうやら見た目が悪くなっただけで、走行には支障がなさそうだ。ふう。

空港を出てすぐの大通り


あらためて到着ロビーを見回した。首都の国際空港とは思えないほどのどかだ。ギラついた目で客引きしている者たちがいない。いわゆる第三世界の空港ではちょっと珍しい。
外に出ると、タクシーが走っているのが見えた。徐行しているのかと思うほど遅い。東欧や中央アジアなど、かつて社会主義だった国々も、人や車がゆっくり動き、社会全体がスローに見えたものだった。
地面を蹴って走りだす。路面は悪くない。空港周辺だからかな。
大通りに出たところで、サッと肌が粟立った。それがキューバを象徴する光景だとは知っていた。ただ、これまで同様、視覚的な情報からできるだけ自分を遠ざけてきたのだ。だから実際それをこの目で見たときは驚嘆し、次いで体の奥から一気に熱が込み上げてきた。
キューバは正真正銘の別世界だった。本当に時間が止まっていた。そう、ボロボロのクラシックカーが何台も道路を走っていたのだ。

週刊ジャーニー No.1106(2019年10月3日)掲載