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【キューバ編 第1話】再び旅立ち

キューバ地図
石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

世界一周の旅でまわりきれなかった国々を訪ねる旅に、再び出ようと思う。これまでは台湾、ブータンと旅したので、次は番外編の「その3」である。キューバだ。
チェ・ゲバラ関連の本を読んでいたせいか、ずっと憧れがあった。キューバ革命などは、下手なアクション小説よりはるかに小説的で、実におもしろい。描写のうまい著者の手にかかると、手に汗握るとてつもないドラマになる。あんな奇跡が起こった国とはどんなところだろう。
また、世界を旅して思ったのだが、社会主義、もしくは旧社会主義の国々は、難しい話は抜きにして、単純にどの国も魅力的なのだ。素朴さや、ゆったりした時間の流れ、気持ちのおおらかさなど、経済至上主義の社会が失いつつあるものが、確かに残っているように感じる。そう思って見るからでは? と自分の感覚を疑ってみるのだが、実際、車や人が明らかにスローなのだ。旧ソ連のある町に着いたとき、あらゆるものがスローモーションで動いているように見え、まさに別世界に踏み込んだように感じた。
旅に求めるものは何かと考えたとき、 “別世界”というワードが浮かぶ。日常から離れて、非日常に飛び込むことが旅なら、その意味を突き詰めれば、自分とはかけ離れた世界(内外限らず)に、自分を浸ける行為が旅であり、悦びだろう。少なくとも僕にとってはそう。自転車で世界をまわったとき、国境越えが最も楽しかったことのひとつだった。一瞬にして景色や空気が変わり、これまで見たことのない世界に包まれる。あれほどテンションの上がることはない。社会主義の国は、僕から見て最高の“別世界”だ。その大ボスがキューバといっていい。

飛行機に預ける直前の自転車。フレームを分割して袋に入れる

日本からの直行便はなく、都合がいいのはカナダ経由とメキシコ経由だった。それなら迷わずメキシコ経由だ。メキシコは好きな国トップ10に入る。人、遺跡、町、雰囲気、どれも魅力的だが、なんといっても食べ物がいい。なんでも独断世界一を綴った拙著『いちばん危険なトイレといちばんの星空』という本の中には、当然“世界一メシのうまい国”の話があり、3つの国を挙げたのだが、ひとつがメキシコだ(あとはベトナムと中国)。
フライトスケジュールを見ると、メキシコに昼着いて、キューバ行きの出発は翌朝だ。空港で時間をつぶしてもいいが、どうせならメキシコの町に出て、メシを食べよう。
というわけで、1月某日、成田へ。僕の自転車は特別な仕様で、フレームを分割して専用の袋に入れる。それを他の荷物と一緒に預けたら、50米ドルだと言われた。えっ? 重量制限の30キロ以内に収めたはずなのに。メキシコ航空のお姉さんは申し訳なさそうに言った。
「自転車は50米ドルなんです」
航空会社によってルールは違うが、自転車代をとられるのは初めてだった。まあ仕方がない。
搭乗し、胸が躍る気分を飛行機のエンジン音に重ね、空に浮き上がる。約13時間後、メキシコシティに降り、自転車を組み立て、空港の外に出た。20年ぶりのメキシコだ。ワクワクしながら地面を蹴り、ペダルを踏む。いきなり高速道路のような道路になった。車やトラックが、日本では考えられないような荒っぽい運転で、僕に当たるか当たらないかのすれすれを猛スピードで走り抜けていくのである。そうだった。交通事故の恐怖を最も感じた国が、このメキシコなのだ。怖い、怖すぎる! いきなり別世界キター!

週刊ジャーニー No.1098(2019年8月8日)掲載