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【ブータン編 第01話】ブータンを目指すわけ

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

自転車旅行のよさは観光地以外の田舎を見られることだ。その国の“素顔”に出会える気がする。観光客ずれしていない人とも触れ合える。
僕は26歳から33歳まで、一度も日本に帰らず、7年半かけて自転車で世界一周という旅をやった(今やたくさんの人が同様の旅をやっているので珍しいことじゃない)。
世界一周の定義は人それぞれ違う。僕の定義は「自分が走った自転車のわだち=走行ルートが世界地図っぽいカタチになればいい」というものだった。各大陸を縦断もしくは横断すればそれが適う。実際そういう旅になった。アメリカの最北アラスカから南米大陸の最南端まで走り、ヨーロッパはぐるっと一周、その後アフリカ大陸を縦断し、最後にロンドンからユーラシア大陸を横断して日本にゴール。僕の処女作の単行本『行かずに死ねるか!』を担当した装丁家は僕の走行ルートが世界地図に見えることを気に入り、その線を本のカバーデザインに使った。
一方、大陸縦断や横断のルートから逸れた国にはあまり立ち寄れなかった。僕が訪ねた国は87か国だ。世界には200ほどの国と地域があるので、半分もまわれなかったことになる。心にしこりを残しながら断念した国や地域がたくさんあった。
そのひとつが台湾であり、世界一周後に走って前回までここに書かせてもらった。
次に気になる国はブータンだった。保護政策をとっているため時間が中世で止まり、文化が濃厚に香っている、といったようなイメージがあった。だが貧乏旅行者には敷居が高かった。1日200米ドルの「公定料金」と呼ばれる滞在費がかかるからだ。10日もいれば20数万円の出費になる。宿泊費や食費やガイド代等が含まれているから法外に高い値段ではないのだが、1日10~20米ドルで世界一周の旅をやりくりしていた僕には遠い国だった。

ブータンの首都ティンプーのゾン(城)と僧侶たち

ところが世界一周後、友人がブータン人と結婚し、その縁で「この国を走って記事を書かないか」と招待されたのだ。規則上、運転手、ガイド、車はつけなければならないが、自転車で自由に走るのは問題ないという。
連載と新しい本の執筆に忙しかったので少し迷ったのだが、仕事の合間にブータンに関する本を読むと、やっぱりおもしろい国なのだ。
ひとつ。日本の九州ぐらいの広さの国土に信号がひとつしかないとか。しかもそれは手信号(!)。
ひとつ。前国王は世襲王制の欠点を憂慮し、王が自ら己の権限を弱めて民主化を進めた。そんな王に国民は「どうか王制のままで」と懇願したという。世界の歴史と正反対だ。
ひとつ。これは有名だが、国の豊かさを示すGNPに対して、GNH(国民総幸福)という指標を掲げ、国民ひとりひとりの幸せを追及している。国民調査で幸福と答えた人は97%いたらしい。「幸せの国」と呼ばれるゆえんだ。もっとも、そのアンケートの中身を見ると作為的なものを少々感じるし、何より幸福が個人の主観に左右される以上、GNH自体が胡乱なものにも思える。しかしそのGNHを柱に、少なくとも表向きは真剣に、各人の幸福度の向上を目指しているようなのである。
そしてもうひとつ。仏教の厳格な戒律が守られている一方、地域によっては夜這いの習慣が残っているそうな。じ、実地調査をしたい!
という風にあらゆる面で例外的で特異な国という印象を受けるのである。ようし、どんなところかこの目でひとつ見てみよう。

週刊ジャーニー No.1034(2018年5月10日)掲載