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【キューバ編 第27話】モロ要塞にて(上)

キューバ地図
石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

世界遺産というキーワードが旅にやたらと出てくるようになったのはいつからだろう。関連本はたくさん出ているし、『地球の歩き方』でも冒頭でその国や地域の世界遺産をまとめて紹介している。世界遺産を何ヵ所まわったと自慢げに話す人にもよく会った。
世界遺産だから見にいくという価値基準がよくわからないうえに、人と同じことをするのが嫌なあまのじゃくなので、僕はこれまでの旅行で世界遺産を意識することはほとんどなかった。このキューバの旅もそうだ。旅行後に調べてみると、キューバには世界遺産が7つあった。行こうと思ったらすべて行けたが、僕が見たのは2ヵ所しかない。ひとつは首都ハバナの旧市街だ。これは避けようがない。そしてもうひとつがキューバ第二の都市サンティアゴ・デ・クーバのモロ要塞だ。カリブの海賊の撃退に使われたという歴史と、要塞からの眺めがいいと聞いて見にいくことにしたのだった。
市内から30分ほど自転車で走ると岬の突端に要塞が見えてきた。その手前に雰囲気のいいレストランがあった。暑さに参っていたし、喉も渇いてきたのでひと息入れよう。そう思って中に入ると、疲れが吹き飛ぶような思いがした。素晴らしい眺めだ。海と要塞がよく見える。
海に近い席に座り、モヒートを頼んだ。キューバ発祥のモヒートをキューバで飲んでいるところが全然あまのじゃくじゃないのだが、うまいのだから仕方がない。

モロ要塞を眺められるレストランとモヒート

十分鋭気を養ってから店を出て、要塞に向かって走る。
ゲートの前でプロレスラーのような大男の係員に止められた。石造りの堅牢な小屋を指し、自転車をここに停めろ、と言う。高圧的な態度だ。こういうタイプとやり合うのは嫌いじゃない。
「自転車と要塞を写真に撮りたいんだけど、ダメかな? そのためにここまで走ってきたんだよ」
笑顔でそう言ってみた。すると大男もつられるように表情を緩め、「それもそうだよな。わかる。でも悪いな、決まりだから」と言う。その微笑を見られただけで満足だった。やっぱりキューバは人が素朴でいい。彼に言われたとおり自転車を小屋に置き、一応鍵をして、要塞の中に入っていった。
要塞は約300年前に築かれ、完璧に近い形で残っているといわれている。だが目にした瞬間、ほんとかな、と首を捻ってしまった。石垣に見事な幾何学模様が描かれているのだ。軍事目的の要塞にこんな装飾が施されていたのだろうか。300年も前に。そこは眉唾だったが、要塞自体の美しさは文句のつけようがなかった。迷路のような石垣の壁はまるでゲームの世界のダンジョンのようでもあり、立体的な造形はエッシャーの迷宮のようでもあった。
最上階まで登ると、入り組んだ湾が一望に見渡せた。なるほど、ここからなら湾に侵入しようとする海賊船も見逃すことはない。

幾何学模様が描かれたモロ要塞

見学を終えて小屋に戻ると誰もいなかった。勝手に小屋に入り、自転車の鍵を外していると、人の気配がした。振り返ると、さっきのプロレスラーのような係員だ。彼はなぜか扉を閉めた。小屋が一段と暗くなる。まずい。そう直感するのと、薄闇の中で男の目が光るのが同時だった。
「金を出せ」
感じのいい人ばかり、なんて国があるわけないのだ。――つづく。

週刊ジャーニー No.1124(2020年2月13日)掲載