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【ブータン編 第61話】旅の終わりに③

石田ゆうすけ
旅行作家。7年半かけて自転車で世界一周を敢行。9万5千キロ、87ヵ国を走り、2002年末に帰国。現在は全国各地で講演も行う。著書に『行かずに死ねるか!』『地図を破って行ってやれ!』ほか。2014年2月に最新刊『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)を上梓。ブログも更新中→「石田ゆうすけのエッセイ蔵

いかにも高級なレストランの前で車は停まった。浮かない気分で店内に入っていく。旅行会社の社長ソナムはすでに来ていた。お付きをひとり連れ、黒っぽいフォーマルな民族衣装を着ている。戦闘態勢で来たな、と思った。
旅の初日に彼らが僕に用意したホテルは、豪華だったが町から離れていた。これでは自分の求める旅ができない。そう思った僕は、可能であれば今後は町中の大衆的な宿にしてもらえないか、とガイドのテンジンに頼んだ。彼は戸惑った顔でソナムに電話した。翌日から町中の宿に泊まることになり、夜な夜な出かけては酒場で地元のおやじたちと飲みかわした。
宿の変更にはお金がかかる、と聞いたのはだいぶあとになってからだった。よしんばキャンセル代が発生しても、宿のグレードを下げるのだから宿代の差額で賄えるだろう。そう思っていたのだが、どうもそうではないらしい。でもあとから言われても困る。わざわざ往復100キロを車でやってきて、社長じきじきに請求されたところで、納得できることとできないことがある。何より、最高に楽しかったブータンツーリングの最後にお金でごたごたもめたくなかった。
ソナムは僕を見ると笑顔で手を差し出してきた。僕も手を出し、握手する。少し意外だったが、強面のソナムの目には油断ならない光が浮かんでいた。やはり面倒なことが起こりそうだ。

旅行会社の社長ソナムと運転手のテイチ

ソナムと部下、こちら側はテンジンとテイチ、5人で夕食を囲んだ。店内は伝統の様式美にあふれ、民族衣装を着た店員たちの接客も恭しく、見た目通りしっかりした店だった。ただ、料理は青唐辛子をチーズと煮込んだエマダツィなどいつもの素朴なものが並んだ。
酒を飲み、料理を食べながら、ソナムは旅の感想を聞いてきた。坂はきつかったが素晴らしかった、と僕は答えた。景色も人も最高だ、来てよかった、ここは確かに幸せの国だ、ブータンにはいい印象しかない。そう称賛しながら内心、(だから最後に嫌な思いをさせないでくれ)というメッセージを送っていた。
ソナムはよく飲みよく食べ、屈託なく笑った。僕も一緒に笑い、杯を交わしながら、しかし心のどこかで彼の真意を探っていた。まさかここの支払いまで求めてきたりしないだろうな?

パロ西側の景色

帰る段になってソナムは夕食代を払い、紙包みを渡してきた。えっ?
「プレゼントだよ。気を付けて日本に帰ってくれ」
彼は再び僕と握手を交わし、車に乗って去っていった。キャンセル代のことなどひと言もなかった。テンジンが言った。
「ソナムはいつも見送りにきます。彼はいい人ですよ。自分は倹約してお寺に寄付したり、親戚の子たちの学費を出してあげたりしています」
胸に疼痛を覚え、かきむしりたいような気分になった。俺はなんという吝嗇家だ。なぜもっとおおらかになれないんだ。これまでの道中で巡り合い、「客人だから」と僕に酒をふるまってくれたたくさんの人たちの笑顔が思い出された。また、国民が幸せになるよう奔走した前国王の、暖房もない質素な家を思った。そういう、国なのだ。
僕はうなだれるような気持ちで、渡された紙包みを見た。丁寧に包装されていた。すぐに開ける気にはなれなかった。

週刊ジャーニー No.1094(2019年7月11日)掲載