
絵の購入者にNFT(non-fungible token、非代替性トークン。代替不可能なデジタル資産)アートか現物の絵を所持するかを選択させ、NFTを選択した人の現物のペイントを燃やしてしまう…。
ホルマリン漬けの動物やダイヤで覆われた頭蓋骨などの作品で賛否を巻き起こし、近年では圧倒的な桜の連作で人々を魅了する、目を離すことができないアーティストの驚きのプロジェクトが、またもや我々を混乱させている。
テムズ河の南岸近くにあるハーストの専門ギャラリーの空間を埋めるのは、A4サイズの手漉きの紙にペイントされた色鮮やかな作品群。約半数は現物で、それ以外は亡霊のようなモノクロのプリントだ。
今年57歳になったブリストル生まれのハーストは、2015年に「アートが通貨になりうるのではないか?」と考え、今回のプロジェクトを考案。2016年には今回の作品を制作し終えていたが、現物のアートと台頭してきたNFTの二極性に目をつけ、2018年にプロジェクトの完成形を思いつく。
1万点に及ぶシリーズは、昨年7月に1点2000ドルで売り出された。購入者はまずNFTを受け取り、今年7月27日までの1年間、NFTを保有するか、現物のペイントと交換するかを決める猶予を与えられた。その結果、4851人はNFTをそのまま保有することを選び、5149人は現物のペイントと交換することを選んだ。ギャラリーに展示されている4851点の現物は、NFTを選んだ購入者の手に渡ることのない、これから燃やされる運命にあるペイントたちなのだ。一方で現物と交換されたNFTは破壊される。
一見、「自分でも描けるんじゃないの?」と思わせられるシンプルなドット作品だが、そこは「通貨」と名づけられたプロジェクトの作品だけあり、ハーストの直筆による番号とタイトル、サインの他に、マイクロプリント、透かし、ホログラムなど、紙幣の偽造防止に使用される技術が施されており、それらを見つけるのが楽しい。


アートに興味はあれど、投資や仮想空間に感心が薄く、「でも、飾れないんでしょう?」「コンピュータの中だけにあるんでしょう?」と、単純思考の筆者ならば迷わず現物を選ぶが、すでに売買可能な本NFTアートの中には、すでに17万ドルで売れたものもあると聞き、動揺を覚えた。
「この作品には背筋がゾクゾクしたよ。絵の具と紙というシンプルな材料でできたものだけど、それを手放すと、それ自体が生命を持つようになるんだ」と語るハーストに鑑賞者は翻弄されることだろう。エキシビションの期間中、ハーストはギャラリー内の『火葬場』で、自らの作品に火をつける。




Information

Newport Street Gallery
Newport Street, London, SE11 6AJ
開館日時:火曜~日曜
午前10時~午後6時
10月30日(日)まで
入場無料
週刊ジャーニー No.1259(2022年9月29日)掲載