ニューヨーク・メッツ対フィラデルフィア・フィリーズ
ニューヨーク・メッツ対フィラデルフィア・フィリーズ
2012年11月29日

●Great Britons●取材・執筆/佐々木敦子、本誌編集部

 

スコットランド最愛の息子
詩人
ロバート・バーンズ
Robert Burns

酒を愛し女性を愛し、
そしてハギスにまで情熱的な詩を捧げた
18世紀スコットランドの国民詩人、
ロバート・バーンズ。
『スコットランドの息子』と呼ばれ、
今なお愛されるバーンズの詩の秘密と、
自由とロマンを追い求めたその短い生涯を探る。

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ダンフリースの中心部にたたずむ、バーンズの像。
余談ながら、バーンズはイングランドに足を踏み入れることなく世を去った。
© ISeneca

実は別れの歌ではない『蛍の光』

 

 大晦日の夜、新年のカウント・ダウンが終わるやいなや、ペラペラの紙でできたカラフルな王冠をかぶった英国人たちが、体の前で交差させた腕を両隣りの人に差し出して握りあい、突如『蛍の光』を歌いだす―。そんな場面に立ち会った読者の人も多いことだろう。
ところが、メロディーは確かに私たち日本人に馴染み深い『蛍の光』なのだが、年越しパーティーの佳境で、つまり祝宴の席で歌われるような歌詞だったろうか? と疑問がわいたのは筆者だけではないはずだ。日本で『蛍の光』といえば、卒業式の定番、紛れもなく別れの曲である。しかも葬儀の際にBGMとして流れることがあるくらい、かなり深刻な歌詞ではないか。英国人たちは、過ぎて行った年を惜しむつもりで、この曲を歌っているのだろうか、と考えずにはいられなかった。
日本の『蛍の光』が、英語の歌詞をそのまま邦訳したものではないということは後日知った。アルコールの入った英国人たちが大晦日に怒鳴るがごとくに歌っていたのは、原題を『オールド・ラング・ザイン(Auld Lang Syne)』といい、彼らはなんと『友よ、古き昔のために、親愛をこめてこの一杯を飲み干そうではないか』と歌っていたのだ。
この曲はもともと古くからスコットランドに伝わる民謡で、作曲者は不明である。これに歌詞を付けたのが、ロバート・バーンズという人物だ。スコットランドでは国民詩人と言われるが、同じくスコットランド出身の正統派詩人・著述家のウォルター・スコットとは対極にあると言える。
バーンズは貧しい家庭に生まれ、勤勉というより、熱しやすい性格から文学の知識を吸収した、生まれながらの詩人である。惚れっぽく、関係をもった女性は数知れず。恋愛を詩作の原動力としていた向きもある。ジタバタと生き、あっけなく死んだ、そしてそれ故に今でも庶民に愛され続ける。そんなバーンズの37年の生涯を辿ってみよう。



「サー」の称号を与えられた、ウォルター・スコット
(Sir Walter Scott, 1771~1832)はスコットランドの誇る、
偉大なる詩人であり作家であった。エディンバラ出身。
弁護士の父の跡を継ぎ、いったんは弁護士になったが、25歳で著述活動を開始。
存命中に国内外で名声を得たほか、名士としても知られ、バーンズとは対照的な存在だったと言える。

この肖像画は、スコットランド国立ギャラリー所蔵、ヘンリー・レイバーンHenry Raeburn作(1822年)。

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