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【ウェストエンド公演 決定】俳優 -渡辺 謙- 特別インタビュー

■「世界のケン・ワタナベ」として名を轟かせる俳優、渡辺謙さん(58)。2015年にブロードウェイで上演されたミュージカル「The King and I(王様と私)」でシャム(現在のタイ)の王様役を務め、今度は同作でロンドン・ウェストエンドの舞台に立つ。2018年3月、本誌取材班はインタビューのためウェストエンドのホテルを訪れ、6月に公演を控えた渡辺さんにその意気込みを伺った。

今なぜ「The King and I」か
67年前の1951年に初めて上演された「The King and I」は、シャムの王と、子供たちの家庭教師として雇われた英国人女性アンナが、言葉や文化の壁を乗り越えて惹かれ合っていく姿を描いた名作だ。これまでに何度も再演され、数多くの賞を獲得してきた。なかでも渡辺さんが演じる王様役は、俳優ユル・ブリンナーが4600回以上演じたはまり役として知られている。
「ユルが長く演じていて彼の代名詞になっているような役なので、演じるにあたりもちろん若干のプレッシャーはありました。でも役を引き受けることを決めたとき、今なぜこの作品をやるかという明確なテーマを演出家と共有できたんです。そういった意味で、一味違う作品を作れるんだという自信のようなものもありました」
渡辺さんは現代社会への危機感を指摘しながら、作品のテーマを語る。
「僕たちが描いているのは、単に『East(東洋) meets West(西洋)』というだけではないんです。今グローバル化が進んで、ソーシャル・メディアで色々なことが瞬時にして世界中にいきわたるような時代になりましたけど、一方でどんどん自己中心主義的で、排他的な空気が蔓延していると思います。それはヨーロッパでも、米国でも、日本でも。もちろんEUから離脱しようとしている英国でも。この作品は、人種、宗教、文化が異なり、最初はまったく理解できないふたりが、少しずつ距離を近づけて癒し合い理解し合うというストーリーなので、現代の雰囲気の中で上演するには、まさにうってつけだと思いました」
作品の意図に共感し、役者としての使命感に突き動かされた結果、「歌って踊っての初芝居、しかも英語で世界の檜舞台への初挑戦」というハードルを乗り越え、気づけば20代の頃から憧れていたブロードウェイに立っていた。
果敢に挑む役者魂
だが、計り知れない重圧がのしかかっていたのかもしれない。オープニング初日、38度の熱に襲われたと振り返る。
「開演の30分くらい前まで点滴を打っていたんです。ディレクターは中止にすることも考えたようですが、『大丈夫、行ける』と説得して、幕が開きました」
その日の精神状態は、不安という言葉では決して言い表すことはできない。
「オープニングそのものが不安なのに、さらに高熱ですからね。ただ、それまでにプレビューを39回やってきたので、体になじんでいたんだと思います。最初に登場してからの記憶はほとんどなく、気がついたらカーテンコールでした(笑)」
記憶をなくしながらも体が自然と動いてしまうのだから、初挑戦とはいえやはり俳優としての実力を知ることができる。以降、観客の心を掴み、同作は米演劇界の権威トニー賞ミュージカル部門で、渡辺さんの主演男優賞を含む9部門にノミネート、このうちリバイバル作品賞ほか計4部門で栄光に輝いた。しかし舞台役者として俳優人生をスタートさせ、経験を重ねた渡辺さんでも、舞台に立つ緊張感や姿勢は今も変わらない。
「舞台袖の影から光が当たる部分に最初に出るときには、今も毎回勇気がいるんですよ。もやい(船をつなぎとめるための綱)を解いて今日だけのためにまた船を出していくという感じですかね。でもそこには大きな滝がガガー!! っと待っているみたいな(笑)」。その『滝』に果敢に挑んでいく様を語る表情は生き生きとしていて、緊張をむしろ楽しむような「役者魂」が伝わってくる。
英国で演じることの面白み
今度はミュージカルのもうひとつの聖地、ウェストエンドに挑戦する。観客の受け取り方もブロードウェイとは異なるだろう。
「このお話は、イギリス人の女性がタイに行ってそこで色々なことが起きるという設定なので、イギリスの人たちの方がより身近に感じてもらえるのではないでしょうか。劇中に盛り込まれているユーモアは、イギリス人の方が好きだと思いますよ」
渡辺さんいわく「こんなに笑える話だっけ? と思えるほど劇中にユーモアが散りばめられて、アメリカでも会場で大きな笑いが巻き起こっていました」。だが、米国での手ごたえをそのまま英国に持ち込むわけではない。
「言語に関する表現方法で、トライしてみたいことがいくつかあります。稽古していくなかでそれらをブラッシュアップして作り上げていきたいと思います。きちんと表現すれば、相当喜んでもらえる舞台になるはずです」と新たな挑戦を待ちきれないというような、チャーミングな笑顔を見せる。
「非常にパワフルでカリスマ性のある王様なんですけど、孤独でもあるんです。次世代への希望を抱く一方で、世代交代のためには王自身の死が大前提にあって、そういう現実と向き合わなければならない。さらに、自分たちが築いてきた伝統や習慣みたいなものを守りつつ、どう変化するのかというジレンマだったり、それを自分で背負う孤独感だったり。その辺りの心情を自分自身が感じながら、瞬間瞬間で表現していきたいと思っています」
切ないShall We Dance?
劇中でもっとも有名な曲といえば「Shall We Dance?」。今も広く愛されている名曲で、王がアンナの体を引き寄せる名場面は観る者を魅了してきた。やっぱりこのシーンが見どころなのだろうか。
「見どころって言うとね(笑)。でもそこにたどり着くまでのプロセスが非常に大事なので、そこだけを観てほしいというのでもありません。観ればわかっていただけると思いますが、オリジナルのダンスシーンよりも濃厚で、実はとても切ない『Shall We Dance?』なんです。とはいっても、ご覧になった方が劇場を出るときは歌を口ずさんでしまうようなハートウォーミングな作品なんですけどね」と、渡辺さんは笑う。
58歳を迎えた渡辺さんが全身全霊で挑む「The King and I」が私たちに何を訴えるのか。ぜひ劇場に足を運んで肌で感じていただきたい。

(文/本誌編集部 西村千秋)

【わたなべ・けん 】
1959年10月21日、新潟県生まれ。1978年に上京し、演劇集団・円の養成所を経て、翌年、円に入団する。研究生時に、蜷川幸雄演出「下谷万年町物語」で主役に抜擢される。1987年にNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で主演を務め、人気を集める。2003年に映画「ラストサムライ」でアカデミー賞助演男優賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞にノミネート。2015年のミュージカル「王様と私」でミュージカル初挑戦、ブロードウェイ・デビューを果たす。代表作は、映画「明日の記憶」「硫黄島からの手紙」「沈まぬ太陽」など。
― ウェストエンド・ミュージカル ―
The King and I
6月21日~9月29日
会 場 London Palladium
8 Argyll Street, London W1F 7TE
チケット チケット:29〜150ポンド
www.kingandimusical.co.uk ミュージカル「王様と私」

1860年代のシャム(現在のタイ)を舞台に、シャム王と、子供たちの家庭教師として雇われた未亡人の英国人女性が、互いにひかれ合っていく様をつづる。ロジャース&ハマースタイン作で、初演は1951年のブロードウェイ。主演をガートルード・ローレンスとユル・ブリンナーが務めた。 1956年には映画化された。2015年のブロードウェイ公演の様子が視聴可能。

週刊ジャーニー No.1026(2018年3月15日)掲載

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