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◆◆◆《第580回》◆◆◆
外交特権をめぐって

一つの交通事故をめぐり、英米間に摩擦が生じている。問題の事故は今年八月二十七日、ノーサンプトンシャーのRAF(英国空軍)基地の近くで起きた。同基地に駐留するアメリカの外交官(情報担当)の妻、アン・サクーラスの運転するボルボが十九歳のハリー・ダンさんのバイクと正面衝突したのだ。ハリーさんは病院に運ばれたが数時間後に死亡が確認された。
現場は二車線の狭い道路である。設置されたCCTVには右側の道路を走行するアン・サクーラスの車が映っていた。警察はイギリスに来て三週間しか経っていないアンが誤って対向車線を走行したと判断した。
しかし警察はその場でアン・サクーラスを拘束しなかった。それは彼女が「私はアメリカの外交官の妻であり、外交特権を有している」と主張したからだ。警察官はアンから「当面イギリスから出国する予定はなく、捜査には協力する」という言質を得て帰宅を認めた。彼女は翌日、自宅で事情聴取に応じた。しかしその数日後、夫及び三人の子供とともにRAFの基地から突然アメリカへ帰国してしまった。イギリスの捜査が及ばないアメリカへ逃げたのである。
確かに外交官とその家族には駐在国(接受国)で罪を犯しても警察権や裁判権の適用を免れる特権が認められている。根拠になるのは「外交に関するウィーン条約」である。これは本来、外交官が駐在国の法的制限を受けずに活動出来ることを保証するための条約だが、事故や事件を起こした場合にも適用される。ただし、事件が悪質なら駐在国は相手国に対し、その外交官の特権の放棄を要請出来る。
ハリー・ダンさんの事故死がイギリスで大きく取り上げられるようになったのは十月に入ってからである。ハリーさんの両親がメディアを通じ、「最愛の息子の命を突然奪われ、私たちの家庭は破壊された。ところが事故を起こした当人は一切罰を受けず、アメリカに逃げ帰った。このようなことが許されるのか」と訴えたからである。彼らの訴えは世論の大きな反響を呼んだ。

アン一家に帰国を勧めたのはアメリカの国務省である。イギリス政府も当初は「外交特権を持つ外交官やその家族に我が国の警察権は及ばず、帰国を阻むことは出来ない」という立場だった。ただ、世論が高まるにつれて政府の対応は徐々に変わった。ラーブ外相はアメリカのポンペオ国務長官と電話でこの件を話し合い、ジョンソン首相は「私も経験したが、アメリカ政府は国民が外国の法律で裁かれることを非常に嫌がる。とくに外交官に関してはその特権を情け容赦なく押し付けて来る」としながらも、「今回のような交通事故に外交特権が使われるべきではない。外相同士の話し合いで進展がなければ私がこの問題をホワイトハウスに持ち込む」と明言した。政府は世論から「弱腰」と批判されることを恐れているようだ。
ラーブ外相は最近、ハリーさんの両親に宛てた手紙で「アメリカに帰国した以上、すでにアン・サクーラスに外交特権はない。あとは警察と検察の問題である」と述べている。しかし、彼女の出国にイギリスの外務省がどう関わったか、また今後どう関わる方針なのかについては触れていない。
一方、アメリカ政府の対応は極めて冷ややかだ。トランプ大統領は十月九日の記者会見で「これは悲惨な事故だ。我が国の交通規則に慣れた者はイギリスへ行くとつい反対側の車線を走ってしまう。気を付けなければならないが、それが起きてしまった」と淡々と語った。その時、彼の手許には一枚のメモがあった。そこには「ポンペオ国務長官はラーブ外相に『アン・サクーラスがイギリスに戻ることはない』と告げた」と書かれてあった。次の大統領選挙を控え、トランプ氏は「アメリカの国民を守る姿勢」に徹するつもりなのだろう。
ハリーさんの両親は今月、国民からの寄付金でアメリカに渡った。彼らはホワイトハウスでトランプ大統領に会った。この時、彼らは別室で待機していたアン・サクーラスとの面談をきっぱりと拒否した。
彼らは独自に調べた結果、「アン・サクーラスの夫は情報部員だが外交官ではない。従って外交特権は最初から持っていなかった」と主張しており、アンの出国を認めたイギリスの外務省を訴える準備を始めている。
今回の交通事故は英米両国の本当の力関係に光をあてることになるかも知れない。総選挙を目前に控え、ジョンソン首相もあまり弱腰にはなれないだろう。彼の外交能力を試すいい機会である。

週刊ジャーニー No.1110(2019年10月31日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。