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◆◆◆《第513回》◆◆◆
ワールドカップ

 サッカーのワールドカップがロシアで行なわれている。日本は決勝トーナメントでベルギーに惜敗したが、一時は二点のリードを奪い、FIFAランキング三位の強豪を慌てさせた。その健闘は称賛に値する。  ただ一次リーグの最終戦となったポーランド戦は物議を醸した。日本は前半に相手のゴールを許し、「一対〇」のまま膠着状態が続いた。別の場所で進行中だったコロンビア対セネガルの試合も「一対〇」でコロンビアがリードしていた。それを知った西野監督は残り時間が約十分になったところで、攻撃をやめ時間稼ぎに徹するように選手に指示した。

 コロンビアがセネガルに勝てばコロンビアがHグループの一位となる。問題は二位である。日本はポーランドに負ければ勝ち点、得失点差、総得点でセネガルと並ぶが、警告の数に基づくフェアプレーポイントでセネガルに勝るので二位になり、決勝トーナメントへ進出出来る。

 もし日本がポーランド戦で同点あるいは逆転を狙い、積極的に攻めれば、カウンターを食らって失点する恐れがある。失点しなくても選手と選手がぶつかり合い、警告を受ける可能性が出て来る。西野監督はそれらのリスクを避けるため選手に攻撃させず、時間稼ぎをする道を選んだ。ただ、コロンビアとセネガルの試合は進行中であり、セネガルが得点すれば日本はHグループの三位となり決勝トーナメントに進めない。つまり時間稼ぎは絶対の安全策ではなく、一種の賭けだった。

 西野監督はこの賭けに勝った。日本チームはポーランドに「一対〇」で敗れる一方、コロンビアは同じスコアでセネガルに勝った。この結果、フェアプレーポイントの差で日本がHグループの二位になり、決勝トーナメント進出が決まった。しかし、攻撃をせず、ボールを回して時間稼ぎをした日本チームに観衆はきびしかった。強烈なブーイングが起きるとともに観戦をやめて競技場を去る人が相次いだ。

 決勝トーナメント進出を最優先した西野監督の作戦には日本でも賛否両論があったようだ。ただ試合後のインターネットを見る限り、「決勝トーナメントに出るためにはこのような作戦もやむを得ない」という意見が支配的だった。日本のメディアの論調もほぼこれと同じだった。朝日新聞の藤木健記者は六月三十日付の同紙に「日本代表は、悪質な反則を犯したわけでも、相手への敬意を欠いたわけでもない。着実に目的を達する、成熟した姿を見せたのだ」と書いている。

 しかし同じ朝日新聞でも三十日の電子版では忠鉢信一記者が日本サッカー協会が定めた行動規範に「どんな状況でも、勝利のため、またひとつのゴールのため、最後まで全力を尽くしてプレーする」と書かれていることをあげ、「目的を果たすためならどんな方法をとっても良い」という主張に疑問を呈した。評論家のセルジオ越後氏も「負けるのを良しとした姿勢は納得がいかない。子供たちにも『誇れる試合だった』とはいえない」と述べている。

 海外のメディアは総じて日本チームが選択した作戦に批判的だった。イギリスのガーディアン紙は「フェアプレーだって? 嘘でしょう」という小見出しを付け、「日本チームは自分たちの運命を決めるためにパスを前に出すことにも、攻撃することにも、同点に持ち込むことにも興味を持たなかった」と酷評した。

 結果的にそうした批判が次のベルギー戦に影響したかも知れない。終盤にベルギーに追いつかれた日本はロスタイムに入っても延長戦で勝負することを考えず、相手ゴールを果敢に攻めた。それが裏目に出た。本田選手がコーナーからキックしたボールが相手のキーパーに阻まれ、そのボールを受け取ったベルギーの選手がすごい速さで日本のゴール前に攻め込んだ。前方に出ていた日本選手はこれを追い切れず致命的なゴールを奪われた。あと三十秒で延長戦になるところでの失点だった。

 敗れはしたが日本チームは健闘した。前述のガーディアン紙はベルギー戦について「日本の戦いぶりは素晴らしかった。彼らは後半、見ていて胸が震えるような見せ場を作り、ベルギーを恐怖に陥れた」と絶賛した。

 日本チームはポーランド戦で攻めない作戦を選び決勝トーナメントに進出した。次のベルギー戦では積極的に勝ちに行き、決勝点を奪われた。私はこれでよかったと思う。日本の選手は作戦的にも技術的にも持てる力を出し尽くし、世界の人々に日本のサッカーを印象付けた。四年後のワールドカップではこの経験を生かして、若い世代がさらなる飛躍を遂げるだろう。

 

週刊ジャーニー No.1043(2018年7月12日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。