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◆◆◆《第709回》◆◆◆
地方議会選挙

イギリスでは五月五日、地方議会の統一選挙が行なわれた。三十三のロンドン特別自治区や全国に広がる二百の地方議会の立候補者が有権者の審判を受けた。その結果、保守党が大幅に議席を減らした一方、野党の労働党、自由民主党、緑の党が躍進した。スコットランドでは与党のSNP(スコットランド民族党)が議席を伸ばし、根強い人気を誇示した。
保守党が敗北したのはジョンソン首相の「パーティーゲート」のせいである。ロックダウン(都市封鎖)の発令中にもかかわらず、首相夫妻や官邸職員が繰り返しパーティーを開いていたことに国民は怒っており、それが選挙結果に如実に表れた。
しかし、保守党への批判票を労働党が独占したわけではない。むしろ自由民主党や緑の党などの健闘が目立った。それは選挙の直前、労働党のスターマー党首に「パーティーゲート」と同じ問題が浮上したからである。ロックダウン期間中の昨年四月、スターマー氏が補充選挙の運動員らと室内でビールを飲みながら歓談していたことが写真付きで報道された。「パーティーゲート」をきびしく追及し、ジョンソン首相に引責辞任を迫っていただけに、この報道は労働党にとって思わぬ痛手となった。今回の選挙で保守党への批判票が労働党に集中せず、他の小党にも分散したのはそのためだ。
とはいえ、保守党が敗北したことは事実であり、ジョンソン首相もそれを認めないわけにはいかなかった。注目すべきはこれからの展開である。ジョンソン氏が「パーティーゲート」で罰金を科せられた後、保守党の議員たちはじっと世論の動きを注視して来た。そのバロメーターの一つが今回の地方選挙だった。敗北という結果を受けて、早くも保守党内部からジョンソン党首の信任投票の実施に向けて動きが加速しつつある。
保守党が議席を減らしたのは「パーティーゲート」のせいだけではない。最近の物価高騰に対し、政府は有効な対策を打ち出せていない。インフレは原油やガスの価格上昇だけでなく、EU離脱による通関手続きの遅延も影響している。外国から来て物流業界で働いていた人々もEU離脱によってイギリスを去った。医療の分野にも同じことが起きている。国民は離脱によってもたらされたメリットを全く享受していない。
EU離脱の可否を問う国民投票が行なわれた時、離脱派の旗振り役を務めたのはジョンソン首相だった。今回の地方選挙で保守党が負けたのは「パーティーゲート」の問題もさることながら、EU離脱の効果に期待して保守党を支持して来た有権者の「落胆と怒り」が爆発したからである。

それはイングランド北部の選挙区で明確に表れている。この地域は元来、労働党の地盤だったが、前回の総選挙では保守党がそれをひっくり返して勝利した。しかし、今回の地方選挙では労働党が盛り返し、保守党は議席を失った。
スコットランドの地方議会選挙では、与党のSNP(スコットランド民族党)が地方議会の議席数をさらに増やし、保守党の二倍以上になった。同党党首で自治政府首相のスタージョン氏はもとよりジョンソン首相に批判的で、「二〇二三年末までに再びスコットランド独立に関する住民投票を行なう」という公約を撤回していない。国内外の状況が大きく揺れ動いている現在、スコットランドがイギリスから独立出来るのか疑問だが、スタージョン氏の人気は衰えていない。彼女が来年末に向けてどのような動きを見せるか。中央政府にとっては悩みの種になるだろう。
今回の地方議会選挙で意外だったのは北アイルランド議会の結果である。議席総数九十の内、隣国アイルランドとの一体化を目指す、カトリック系のシン・フェイン党が二十七議席を占め、初めて比較第一党の地位を確保した。これまで第一党だったプロテスタント系でイギリスへの帰属維持派、DUP(民主統一党)は二十五議席で第二党の地位に甘んじた。また中道の共同党が十七議席を獲得して大きく躍進した。これらはジョンソン政権がEUとの間で交わした「北アイルランド議定書」に対する不満が噴出した結果である。
今回の地方選挙の結果には、ジョンソン政権に対するイギリス国民の現時点での評価や感情が色濃く反映されており、その意味で非常に興味深い。果たしてジョンソン首相に退陣を迫る動きは大きなうねりになるのか。また、その場合、誰が後継の首相になるのか。これから虚々実々の駆け引きが始まることになる。

週刊ジャーニー No.1239(2022年5月12日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。