献立に困ったらCook Buzz
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◆◆◆《第815回》◆◆◆
万引きの増加

先日の選挙で三選を果たしたカーン・ロンドン市長は選挙戦の最中、ある雑誌から「スーパーで子供の紙おむつを万引きしている人を見かけたら、あなたはどうしますか」と質問され、「自分の財布を取り出し、紙おむつ代を払ってあげる」と答えた。ある雑誌とはホームレスの人々を支援している「ビッグ・イシュー」である。 
カーン氏のこの回答には多くの人々からさまざまな反響があったようだ。「ビッグ・イシュー」の最新号がそれを詳しく紹介している。ある読者はカーン氏の回答に感銘を受け、「私もカーン氏と同じ行動を取る。生活必需品を万引きする人がいるのは社会が不平等だということだ。この国の社会保障制度は慈善事業のようで、しかもそれを必要とする人を冷たい目で見る傾向がある」と投稿している。「私は十年間、スーパーで働いているが、ベビーフードを万引きする若い母親にはわざと気づかないふりをする。生活が苦しいのだろうと思うからである」と投稿して来た人もいる。別の読者は、カーン氏の回答を好意的に受け止めながら、「しかし、その人が子供の紙おむつだけでなく、肉やワインや洗剤などを山積みにしたカートを押して、金も払わずに堂々と店外に出ようとしているとしたら話は別だ」と投稿している。むろん、カーン氏は「紙おむつ(だけ)の万引き」に限って回答したのであり、万引き全般に対して寛容な態度を示したわけではない。
この数年、イギリスでは万引きが急増し、深刻な社会問題になっている。政府の統計局によれば、二〇二三年に報告された万引きは前年に比べ、三十七%増の四十三万件にのぼった。これは二〇〇三年に統計を取り始めて以来、最高の数字である。小売店の被害総額は十八億ポンドに達すると言われている。それ以外に防犯カメラの設置、監視員の雇用、商品に取り付ける電子タグなどに十二億ポンドもの費用がかかっている。
コロナの流行による景気の低迷に加え、ロシアのウクライナ侵攻の影響による物価高で国民は皆、苦しい生活を強いられている。各地のフードバンクに助けを求める市民が増えているが、そのフードバンクに寄付をする企業や個人は減少傾向にある。ふところの苦しさはどこも同じなのだ。

だから、生活の必需品を万引きする人も出て来る。しかし、紙おむつ一パックをこっそりレジを通さずに持ち帰るくらいならまだしも、高額なワインやウイスキーを堂々と盗み出し、ブラック・マーケットに流して金儲けをする連中も少なくない。
私の家の近くにある大手スーパーのテスコでも万引きの被害が深刻らしい。その店では二ヵ月ほど前、ウイスキーの全てのボトルに網の目状の鎖の覆いをかぶせた。従来の電子タグだけでは万引きを防ぐことが出来ないらしい。
ボトルががっちりと鎖で覆われた様子はものものしい。客は買いたい銘柄のボトルを鎖から外してレジに持っていかなければならないが、どのように外していいかわからない。私もじっくり観察してみたが、うっかり触るとけたたましい音が鳴り、警備員が飛んで来そうな感じである。万引きの疑いをかけられると困るので、私はテスコではウイスキーを買わないことにした。私だけでなく、その店ではウイスキーの売り場に客が寄りつかなくなった。
物を売るのが商売のスーパーが異常なほどきびしく万引きを警戒するのは、それだけ被害が多いからだろう。スーパーで売られているウイスキーでも一本五十ポンドを超える高価な銘柄もある。それを何本も万引きされたら、大手スーパーといえどもたまったものではない。
それにしてもウイスキーのボトルには万引き防止の電子タグが取り付けられている。前述の鎖の覆いほどではないにせよ、あの電子タグを外さなければ商品をを店外に持ち出せないはずだ。ところが電子タグは薄いナイフやスクリュー・ドライバーで意外と簡単に外せるらしい。その方法はユーチューブのビデオで誰でも見ることが出来る。それを覚えてしまえば、商品をトイレにでも持ち込み、こっそり電子タグを外し、なに食わぬ顔で店の外へ出ることが出来る。ちなみに盗品のアルコール飲料を専門で買い取る闇の業者もいるそうだ。
万引きという犯罪には世相が色濃く反映されている。その根底に潜む不況や生活苦や失業などの要因を政治が一つ一つ解決していかない限り、被害が減ることは絶対にない。まことに悲しい話だが、それが現在のイギリスの現実である。

週刊ジャーニー No.1345(2024年6月6日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。
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