不毛の地から生まれた黄金の泡

 

 「シャンパーニュChampagne」とはラテン語で「平原」を意味する「カンパニアCampania」が語源となっており、何もない平原が広がる光景を見てローマ人が名づけたとされる。土壌は農業には致命的ともいえる石灰質で、他の穀物はほとんど育たない不毛の地だが、水はけがよく、ミネラルを豊富に含んでいるため、ぶどう栽培には適していた。また、石灰質地層は、温度、湿度を一定に保つことが可能でシャンパン・セラーを作るのに最適であった。ランスには全長100キロ、エペルネには全長150キロのセラーが地下を走っているが、この巨大な天然の貯蔵庫を地下に確保できたことは、シャンパンづくりにとって大きな利点だったのである。
18世紀初めまでワインの輸送には樽が使われていたが、1728年5月25日、ルイ15世がシャンパーニュ産のワインに限りボトルの使用を許可すると、英国王室でもシャンパン人気に火がついた。その翌年、世界で最初のシャンパン・ハウス「リュイナール」が創業、次いで「ティタンジェ」も設立され、35年にはボトルの重量や形、コルクのサイズなどを規制する法律が施行された。43年には「モエ」(現モエ&シャンドン)も創業するなど、シャンパンの流通網は瞬く間に拡大していった。
ポンパドール夫人 この時、モエの広告塔として大活躍したのが、ルイ15世の愛妾ポンパドール夫人で、「飲んで、なお女性を美しく見せてくれるのはシャンパンだけChampagne is the only wine that leaves a woman beautiful after drinking it.」と語り、毎年、コンピエーニュ城に200本ものモエのシャンパンを運ばせていたという。
ナポレオン・ボナパルト その後フランス革命により、シャンパン業界は一時、最大のパトロンであった王侯貴族たちを失い大打撃を受けるが、ナポレオンという新たなシャンパン愛好家の登場がその危機を救った。ナポレオンは「戦に勝った時こそ飲む価値があり、負けた時には飲む必要があるIn victory, you deserve Champagne, in defeat, you need it.」という名言を残し、戦地に赴く度に大量のボトルを必要としたので、シャンパン・ハウスは軍属としてナポレオンの遠征先に赴き、兵士たちの喉を潤したといわれる。とくにモエの3代目オーナー、ジャン・レミ・モエはナポレオンが将校時代からの親友で、ナポレオンの勢力拡大とともにヨーロッパ中にシャンパンを広めた。
ナポレオンがロシア遠征に敗れ失脚した後、軍事拠点であったシャンパーニュ地方はロシア軍を代表とする連合軍に占拠され、モエも60万本ものシャンパンを略奪されたが、ジャン・レミ・モエはこれを好機とみなし、「今、私を窮地に追いやっている兵士たちが将来、私に富をもたらしてくれるだろう。飲みたいだけ、飲ましてやろうじゃないか。彼らはシャンパンの虜になって、国に帰り最高のセールスマンになってくれるだろうから」と語ったという。その予言どおり、ロシア皇帝アレクサンドル1世、英ウェリントン公、プロイセン王ヴィルヘルム3世、オランダ国王ウィレム2世、神聖ローマ帝国フランツ2世などがすぐに顧客として名を連ね、シャンパンの売り上げは一挙に伸びたという。また、時の仏外相、タレーランは自分のお抱えシェフ、アントナン・カレームの料理とモエのシャンパンをウィーン会議で振る舞い、この美食外交によってフランスは他国の占領を免れたと伝えられる。
こうしてシャンパンは、権力と気品の象徴として人気を不動のものにしていき、1800年に30万本だった年間生産量は、1850年には2000万本にまで膨れ上がり、新たなシャンパン・ハウスが続々と創業されていった。

 

 英国人はドライ(辛口)がお好き
シャンパンの味わいは前述のアッサンブラージュというぶどうの調合によるところが大きいが、いわゆる甘口、辛口という甘辛度は、澱の除去後に加えられる甘いリキュールによって決まる。この糖分を加える作業を「ドサージュ(甘辛調整)」といい、これで商品として完成することから、「門出のリキュールLiqueur d'expedition」と呼ばれる。甘辛度はリキュールに含まれる糖分の量によって、以下のように分けられる。
19世紀半ば以前のシャンパンは現在よりもずっと甘かったといわれており、デザートワインとしての性格が強かった。しかし、ポート・ワインやシェリー酒などデザートワインが既に普及していた英国では、この甘口シャンパンはあまり人気がなかったため、シャンパン・ハウスが食前酒として楽しめる辛口シャンパンをイギリス向けに輸出。これにより英国のシャンパン消費量が3倍に跳ね上がったといわれる。真偽のほどは定かではないが「ブリュット」という言葉は「辛口ばかりを好む英国人Brits」と「味音痴の野蛮人Brutes」をもじった言葉だとか。
英国で大成功を収めたシャンパンは19世紀末にはヨーロッパ全土で愛飲されるようになった。その時から現在まで、シャンパンの主流はブリュット。ブリュット人気は英国人から大きな恩恵をこうむっているのだ。

ブリュット・ナチュール Brut Nature 0 ~ 3 g/l*
エクストラ・ブリュット Extra Brut 0 ~ 6 g/l
ブリュット Brut 15 g/l以内
エクストラ・セック Extra Sec 12 ~ 20 g/l
セック Sec 17 ~ 33 g/l
ドゥミ・セック Demi Sec 33 ~ 50 g/l
ドゥー Doux 50 ~ g/l

*1リットルあたりに含まれる糖分の量