悪魔のワイン?ドン・ペリニヨンの挑戦

 

 当時はきわめて基本的な製法がとられており、搾った果汁を樽や甕(かめ)に入れ、果実に付着した天然酵母(野生酵母)によってアルコール発酵させた後、樽で数ヵ月から数年間熟成させ、瓶詰めするという手法でワインを作っていた。が、この地方ではぶどうが熟すのが遅く、秋になって収穫されるため、気温が下がって発酵が十分に終わらず、酵母が生きて休眠したまま瓶詰めされてしまうことも少なくなかった。やがて春になり暖かくなると瓶内で二次発酵が始まってしまい、炭酸ガスによってボトルが倉内のあちこちで破裂し、ドン・ペリニヨンは頭をかかえた。一次発酵で発生した炭酸ガスは空気中に放出されているはずなのに、なぜまた炭酸ガスが発生するのか? 彼には理解できず、神の怒りにふれたに違いないと怯えた。 どうやってこの瓶内二次発酵を食い止めるか、どうすればブルゴーニュに負けない安定した美味なるワインを作ることができるかを見出すことがドン・ペリニヨンにとっての大きな挑戦となった。
まず、彼は現在「アッサンブラージュ」と呼ばれている、異なるぶどうの品種や異なるぶどう畑のワインを「調合」し、より良質のワインをつくることを試みた。そして、白ぶどうは黒ぶどうよりも二次発酵を促進させる傾向があることを見出し、最良の黒ぶどうを早摘みし、傷ついたり大きすぎたりするぶどうは慎重に取り除くことを徹底させた。また、黒ぶどうから透明な白ワインを作るため、果皮との接触をごく最小限にする圧搾機を考案、圧搾機を畑の近くに置いて新鮮な果汁を素早く絞ることの重要性を説いた。さらに、樽熟成は空気に触れることで芳香とアロマを奪ってしまうため、早い段階での瓶詰めを推奨、瓶内二次発酵によるボトルの破裂を防ぐため、より強度の高い英国産のボトルを使用し、当時の一般的な栓(木片に油を染み込ませ麻の縄を巻いたもの)の代わりに、いっそう気密性の高いスペイン産のコルクを導入した。
こうして、最良の技術と細心の注意が払われた「泡立つ白ワイン」は、当初は「デビルワイン(悪魔のワイン)」などと煙たがれていたものの、王侯貴族たちの間で次第に人気を増していく。二次発酵の阻止に尽力してきたドン・ペリニヨンのおかげで、当時のシャンパーニュ産白ワインのうち、9割は発泡しなかったといわれている。10本に1本の確率で発泡する、しかも赤ワインよりも手塩にかけられ生産量が少ない、そんな希少ぶりがさらに人気に拍車をかけることになった。長年、作るまいとしてきた「泡立つ白ワイン」を、ドン・ペリニヨンは故意に作ることになったのである。時代のニーズとはなんと皮肉なものだろう。
奇しくも、ドン・ペリニヨンと同年に生まれ、同年に没したルイ14世は、飲み物といえばほぼシャンパンしか飲まなかったと伝えられるし、ルイ14世死後の、退廃と悦楽の淫靡放埓な摂政時代には、その特異性が放蕩貴族や高級娼婦たちにもてはやされ、生産が追いつかないほどになった。「泡立つ白ワイン」は今や貴族のステータスにまで成り上がったのである。
ドン・ペリニヨンが盲目であったとか、ぶどうを一粒食べただけで、どの畑のものかを言い当てたなどという伝説がまことしやかに流れているが、それらはすべて彼が亡くなってから100年以上も後に生まれた風説である。それでも彼が真摯に成し遂げたことは今日のワインづくり、シャンパンづくりの基盤となっており、その功績は計り知れない。

 

シャンパンとは
大まかにいって、フランスのシャンパーニュ地方で収穫された、黒ぶどうのピノ・ノワール種Pinot Noir、ピノ・ムニエ種Pinot Meunier、白ぶどうのシャルドネChardonnayの3種類のぶどうを調合し、瓶内2次発酵を行った後、15ヵ月以上熟成させた発泡ワインのこと。大まかに…と前置きをしたのは、この3種のぶどうの他に黒ぶどうのピノ・ブランPinot Blanc、ピノ・グリPinot Gris、白ぶどうのアルバンヌArbanne、プティ・メリエPetit Meslierなどといった古代品種も使用が許可されているからだ。
一般にシャルドネはエレガントな香りと繊細な味わい、ピノ・ノワールは骨格とコクを、ピノ・ムニエはフルーティーな爽やかさを与えるといわれている。
ベースとなるワインは、様々な年のものがさまざまな配合率により調合(=アッサンブラージュ)されているのが特徴で、基本的にはワインのように収穫年がラベルに記載されない。これをノン・ヴィンテージという。しかし、「キュヴェ・ドン・ペリニヨン」のように同じ年に収穫されたぶどうのみを使用したヴィンテージ・シャンパンの場合は、ラベルに収穫年が記載される。良いぶどうが収穫された当たり年にのみ作られ、熟成期間も3年以上とノン・ヴィンテージより長くなるため、高価になる。
黒ぶどうと白ぶどうを調合せず、シャルドネだけで作られた「ブラン・ド・ブランBlanc de Blancs」やピノ・ノワール、ピノ・ムニエだけで作られた「ブラン・ド・ノワールBlanc de Noirs」もある。
ロゼ・シャンパンは、果汁を絞った後で、一定期間果皮を果汁に浸す、あるいは調合時に赤ワインを混ぜるなどして色づけされたもの。
ちなみに「キュヴェCuvee」は発酵槽のキューヴを語源とし、「選ばれたワイン」といった意味合いがある。メーカーが独自に選定して商品化した場合に使われる名称。ワイン愛好家の川島なおみも「キュヴェ・ナオミ」の名でワインをプロデュースしている。