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君主としての責務に全生涯を捧げる、次男の娘

1953年6月2日、戴冠式当日のエリザベス2世
(Photo Cecil Beaton, Royal Collection Trust ©HMQEII 2015)

エリザベス2世(Elizabeth Alexandra Mary)の場合も劇的としかいいようがない。
ジョージ5世の次男、ヨーク公アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ王子の第一子として1926年4月21日に産声をあげたエリザベス。妹マーガレットとともに、両親からの愛情あふれる家庭で順調な成長を見せていたプリンセスの立場が永遠に変わったのは1936年のことだった。
祖父、ジョージ5世が1月20日に70歳で逝去。長男がエドワード8世として即位したものの、あろうことか、離婚歴のある米国人女性、ウォリス・シンプソン夫人との結婚を選び、同年12月11日、責務を放棄して退位する大事件が起こる。英国国教会の長である、英君主は、離婚歴のある女性との結婚が認められていないからだった。
吃音にも悩むヨーク公は「国王になりたくない」と泣いて訴えたというエピソードが残るが、歴史は待ってくれなかった。ヨーク公はジョージ6世として即位。エリザベスは王位継承権1位となり、未来の君主としてのさだめを背負う。わずか10歳の時のことだ。
それから15年を経た1952年2月6日。エリザベスは、47年に大恋愛のすえ結婚したフィリップとともに、オーストラリア/ニュージーランドへの公式訪問の前に立ち寄ったケニアで、父王が病没したことを知らされる。すでに48年にはチャールズ、50年にはアンを出産していたエリザベスは、2児の母という肩書きに、「Her Majesty Elizabeth the Second, by the Grace of God, of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland, and of Her other Realms and Territories, Queen, Head of the Commonwealth, Defender of the Faith」(正式にはラテン語。直訳すると『神の恩寵による、グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国、ならびにその他の諸王国・諸領土の女王、英連邦元首、信仰の擁護者であるエリザベス2世陛下)を加えることとなったのである。

89歳になっても、笑顔の美しさは変わらないエリザベス2世
(©Peter Nicholls/PA Images)。

翌53年6月2日、ウェストミンスター寺院で戴冠式に臨み、その模様は英王室史上初めてテレビで放映され、英国民約2000万人が若き女王の姿を誇りをもって眺めたのだった。
これにさきだつこと約6年。英国で「成人」とみなされる21歳の誕生日を、父ジョージ6世、母エリザベス王妃、そして妹のマーガレット王女とともに公式訪問先の南アフリカで迎えたエリザベス王女は、こう宣言した。

"I declare before you all that my whole life whether it be long or short shall be devoted to your service and the service of our great imperial family to which we all belong."
(ここで皆さん全ての前で誓います。長くとも短くとも、私はこの生涯を皆さんに、そして、私たち皆が属する英連邦に捧げることを)

1947年4月21日のことだった。
その日から、来年の4月21日で69年。この決意に変わりはなく、「devote」し続けているエリザベス2世。英君主在位の最長記録を塗り替えるはずの9月9日にについては、ヴィクトリア女王の逝去を祝うようなことはしたくない、と一切の祝賀行事を禁じているため、その日は通常どおりの公務の一日となる。
しかし、来年の90歳の公式誕生日には、バッキンガム宮殿前の大通り、ザ・マルで1万人の慈善団体関係者を招いて一大ストリート・パーティーが開かれるのをはじめ、盛大に祝賀行事が繰り広げられる予定だ。
また、あと7年となったプラチナム・ジュビリー(在位70年)もぜひ迎えてほしいと、多くの英国民が心から望んでいることだろう。英国国教会の教徒でなくとも、こう唱えずにはいられない。
God save the Queen!

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ヴィクトリア女王以来の王室家系図