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ここ数年、英国で俄然注目を集めるようになった合唱団。英国では、アマチュアでもオーケストラとの共演でコンサートを行うケースが多い。生のオーケストラをバックに歌う経験は忘れがたい思い出になるのは言うまでもなく、カラオケでは決して得られない醍醐味がある。腹式呼吸で声を出すことにより血行も促進され、ヘルシーに!さらに、ストレス解消にもなって、ハッピーに!英語の歌なら発音の上達も期待でき、ラテン語の歌なら、ドラマチックな気分に酔えるかもしれない。2015年の目標を決めかねているという方は、「今年はアルバート・ホールの舞台に立つ」なんて、いかが?今回は、合唱団の選び方や、実際に入ってみた体験談などをお届けすることにしたい。

●サバイバー●取材・執筆/名越 美千代・本誌編集部

人類の喜怒哀楽を表現してきた音色

合唱団のことを英語では、クワイア(Choir)、またはコーラル・ソサエティ(Choral Society)と呼ぶ。もともとは、前者は教会で聖歌を歌う合唱団、後者は劇場やコンサート会場で歌う合唱団となっていたようだが、現在ではその定義はあいまいだ。
複数の声で歌う形式は、太古の昔より世界の様々な文化に見られた。現存する合唱の記録として最古とされるものは紀元前2世紀頃に作られた聖歌とされ、ギリシャのデルフィの遺跡石壁に刻まれている。ギリシャでは、劇の中で合唱の形式が取り入れられていたという。
9世紀から10世紀にかけては、ローマ・カトリック教会のグレゴリオ聖歌が西欧から中欧のフランク人の居住地域で発展。グレゴリオ聖歌は単旋律・無伴奏の宗教音楽で、独唱と合唱の組み合わせによって歌われていた。
ポリフォニーと呼ばれる、複数の独立したパートからなる多声の音楽が生まれたのは中世に入ってからのこと。15世紀頃、ルネサンスの時代に大きく花開き、以降の「合唱」の方向性を決定づけたといえるこの形態だが、実はその発展には英国の音楽家が大きな役割を果たしている。
中世からルネサンス期に活躍した英国・イングランドの作曲家、ジョン・ダンスタブル(1390~1453)=肖像画右=は、欧州大陸の音楽をイングランドに持ち込むと共に、イングランドで独自に発展していた和声(ハーモニー)の形式を大陸へ伝えた。これによって英国と大陸の音楽が統合されてポリフォニーが発展したといわれている。宗教音楽を中心としたルネサンス音楽が始まるきっかけは英国にあったのだ。
1534年にヘンリー8世(1491~1547)がローマ・カトリック教会から離脱して英国国教会を興したことから、1549年には英国国教会独自の祈祷書が書かれ、イングランドでは礼拝もラテン語ではなく英語で行なわれるようになった。そして、16世紀の後期ルネサンスの時代には、トマス・タリス(1503~85)やウィリアム・バード(1543~1623)ら英国の作曲家が英国的な宗教音楽を生み出すに至り、その中の数多くの声楽曲が現代まで伝えられることとなった。
しかしながら、英国の音楽史には冬の時代もあった。17世紀に起こった清教徒革命によって、楽譜やオルガンが破壊され、賛美歌のみならず音楽すべてが堕落文化のひとつとして禁止されてしまったのだ。教会の合唱団も解散に追い込まれてしまったという。
1660年のチャールズ2世による王政復古を境に英国に音楽が復活。フランスやイタリアの影響を受けつつも英国的な合唱スタイルを生み出したヘンリー・パーセル(1659~95)や、民謡や教会音楽の研究を通して独自の英国音楽を確立したレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872~1958)などが作品を通じて重要な軌跡を残していく。
時代の移り変わりと共に合唱も、宗教がらみだけでなく、人々の暮らしに潤いを与える音楽へと変遷してきた。最近では、『自称アマチュア』指揮者のガレス・マローン氏=写真上=が中心となる合唱団を追ったBBCのドキュメンタリー番組も大ヒット(下記コラム参照)し、合唱にはさらに熱い視線が注がれている。

『その気』になったら… 自分に合う合唱団探し大作戦!

合唱団で歌うには、当然のことながらまずは合唱団を探して入団する必要がある。練習場所や合唱団から求められる歌唱レベル、合唱団のレパートリー、メンバーの年齢層など、『自分に合う』の定義はひとそれぞれによって異なる。ここで挙げるポイントを参考に、合唱団探しをスタートしてみてほしい。
※ここではロンドン在住者を例にして、探し方を提案することにしたい。

気になる合唱団をいくつかみつけたなら、まずは体験参加をしてみよう。たいていの合唱団は、リハーサル(練習)見学や体験参加をさせてくれる。また、その合唱団によるコンサートを一度、聴きに行ってみるのもひとつの手だ。メンバー構成やレベル、指揮者の人柄など、その合唱団の雰囲気がわかるはず。参加して楽しいかどうか、その合唱団との『相性』が大きな決め手になるといって良い。ご自分に合った合唱団にめぐり合えることを祈ります!

どうやって選ぶか

1 場所で選ぶ

どんな習い事でも無理なく続けるためには、通うのがおっくうにならないことが大切。地元の合唱団なら、歌を通じて同じ地域に住む知人や友人の輪を広げることができる。合唱団の練習は毎週、決まった曜日に行われるのが一般的。ロンドン中心部で働いていても充分に間に合うように、郊外の合唱団は7時から8時くらいの時間帯で練習を開始するところも多い。
仕事の後、地元に戻っていては練習開始時間に間に合いそうにない場合は、会社の近くやロンドン中心部で探すのも良いだろう。ロンドン中心部で活動する合唱団は開始時間も6時台と少し早めに設定されている。

2 レベルで選ぶ

歌いたいといっても、これまでにカラオケ経験くらいしかない人から、学生時代にコーラス部だった、バンドや楽器の経験があって楽譜は読める、声楽やソルフェージュを習ったことがあって楽譜も歌もかなりの自信がある、などなど、人によってレベルもそれぞれに異なるに違いない。合唱団のほうでも、「希望者は誰でも歓迎」のものから、オーディションを受けなければならないところや楽譜を初見で歌えることが必須とされるところ、ある程度の経験を要求されるところなど、さまざまだ。
オーディションといっても、「自分が知っている歌を歌ってください」という程度のものも多いので、「募集要項」にオーディションあり、とあってもひるまず、内容を確認しよう。
アマチュア合唱団の中にも、上手な人もいれば下手な人もいる。もしも、「ついていけない」と最初に感じたとしても、そこから上達するためにグループで練習しているのだから、気後れせずに歌っていこう。

3 雰囲気で選ぶ

合唱団には地域性がある。いわゆる「ポッシュ(お上品)」な住民が多かったり、逆に下町的な気さくさがあったり、カラーの違いがあるのが面白い点でもある。また、ロンドン中心部のように、様々な地域から人が集まっていたり、勤め人が多かったりすると、それも雰囲気に影響する。自分が居心地が良いと感じられる環境を選びたい。
教会の合唱団も要チェック。自宅のそばなどに教会があるなら、合唱団がないか聞く価値あり。信者でなくても受け入れてもらえることもある。
メンバー構成も考慮点のひとつだ。ソプラノ、アルト、テノール、バスと4つのパートに分かれた男女4声の混声合唱団が一般的だが、さらに細かいパートに分かれていたり、女声、男声と限定されていたりする合唱団もある。

4 楽曲で選ぶ

最終的に気に入った合唱団をみつけて、そこで長く続けることが理想だろうが、最初から決め込む必要もない。まずは自分が歌ってみたい曲を、その合唱団が楽曲として選んでいるかどうかを基準に考慮するのも一案。各合唱団のウェブサイトには、次のコンサートや、この先、半年から1年くらいまでに取り組む予定楽曲が発表されている。その中で自分が歌ってみたいと思う曲を探して、その期間だけ参加してもOK。その結果、その合唱団が気に入れば残ればよいし、また次の曲をみつけて、他の合唱団を試してみることもできる。
英国ではキリスト教系の宗教音楽やクラシックを中心に練習しているところが多いとはいうものの、ジャズやゴスペル、フォーク音楽、アカペラやロックに現代ポップスなど、合唱団によっては、様々なレパートリーに取り組むところもあるので、この点にこだわって探す方法もある。
日本では年末に合唱で歌われる定番は『第九』だが、英国ではクリスマス時期にヘンデルの『メサイア(Messiah)』が人気。また、クリスマス・キャロルも多く歌われる。さらに、イースターにはバッハの『マタイ受難曲(St Matthew Passion)』が定番だ。実際に人気のある曲を歌う予定をしている時には合唱団の団員が増える傾向にあるそうなので、楽曲で合唱団を選ぶ人も少なくないということになる。
合唱曲の歌詞はラテン語、イタリア語、ドイツ語など様々だが、英語版がある場合はそちらを優先的に選択する合唱団もある。もし、他の言語では自信がないというなら、この点も確認しておきたい。
知ってて便利!コーラス用語集
sight-read…譜面を見ただけで歌うこと。初見で歌うこと。
C-D-E-F-G-A-B-C…ドレミファソラシド。英語ではドレミではなくアルファベットで音の指示が行なわれる。「ド」は「C」。
soprano…ソプラノ。主に女性の高音声域のパート。
alto…アルト。主に女性の低音声域のパート。英国人が発音すると「オート」と聞こえるのでご留意を。
tenor…テノール。「テナー」と発音される。男性の高音声域パート。
base…バス。「ベイス」と発音される。男声の低音声域パート。
rehearsal…リハーサルというと本番直前の舞台稽古のようだが、すべての練習は総じてリハーサルと呼ばれる。
time signature…拍子。
key signature…調。
bar(s)…小節。曲の途中から歌い始める場合は、「何ページ目のバー何番から」と指揮者から指示が出る。バー番号は譜面の下に小さくふられている。
music…楽譜のことをこう呼ぶことが多い。

どうやって探すか

1 インターネットを駆使する

英国は、教会での合唱の伝統が日々の暮らしにうまい具合に溶け込んだ国だと思える。英国各地の合唱団を紹介するウェブサイトも数多く、3,000にも及ぶ合唱団が登録されているサイトもある。ロンドン近郊に絞ってもざっと400団体が活動中で、その多さに驚く。
インターネットの検索エンジンに、「希望の地域名」と「choir」を入力して検索すればいくつかの合唱団が出てくるし、さらに、歌いたいジャンルを入力して絞り込むのもよいだろう。各合唱団のウェブサイトでは、練習場所や日時から、そのグループの歴史、指揮者の履歴、オーディションの有無に至るまで、必要な情報を手に入れることができる。検索には下記のサイトも活用してみていただきたい。

ブリティッシュ・クワイア・オン・ザ・ネット
(British Choirs On The Net)
www.choirs.org.uk/home.htm

メイキング・ミュージック(Making Music)の音楽グループ検索サイト
www.makingmusic.org.uk
※帯の中にある「In Your Area」をクリック→「Find a Music Group」で、探したいエリアを選択してクリックすればよい。

2 地域の図書館やコミュニティ・センター、スーパーマーケットなどの掲示板を利用する

昔ながらの方法だが、地元の掲示板にある地域の様々な活動の張り紙の中にも「合唱団員募集」のお知らせはみつかるはずだ。春・秋・冬が次のコンサートに向けて新しい曲の練習を始める区切りとなっているので、季節の変わり目は合唱団を探すには良い時期といえる。
心配ごと Q&A
Q 楽譜が読めなくても大丈夫?
A 初見で歌えることが条件となっている合唱団でなければ、楽譜のことはあまり心配しなくても大丈夫。最初の音さえ耳にすれば、そこから中学校で習った知識で音の高低の動きにはついていける。シャープやフラットでどうしても不安な音があれば、とりあえず『口パク』で逃げたっていい! 練習曲をCDやYouTubeで探して耳で覚えることもできるし、自分のパートで上手な人を見つけて、その人の隣に座るようにするのも手だ。ただ、楽譜や音程に自信のない人は、声が大きくて音程の怪しい人の隣では残念ながら共倒れになる可能性があるので要注意。

Q 絶対音感がなくても大丈夫?
A 伴奏を聴いていれば音は取れるので、そこから流れに乗れば歌っていけるはず。最初の音をはずすのではないかと不安なうちは、最初の1小節目は『口パク』にして、周りの音を確認してからみんなについていったってOK。失敗してもよいように、グループで練習しているのだし、本番までに覚えればよい、ぐらいの気持ちで臨むことをオススメする。とにかく続けてみてほしい。

Q ドイツ語・イタリア語・ラテン語… わからなくても大丈夫?
A 歌詞の意味がわかればさらに楽しいが、発音さえマネできれば心配無用。どの言葉も正確に発音できる人なんてめったにいない。英国人メンバーのあいだでも、「このラテン語の発音は『ケ』なのか『チェ』なのか」といった議論が巻き起こることもしばしば。慣れない楽譜と歌詞を同時に読むのがむずかしいなら、発音をカタカナで書き込んでしまえば一件落着。

Q ひとりで入っても心細くない?
A 夫婦や親子で参加している人もいるが、ひとりで参加している人のほうが多い。毎週、席を並べて歌っているうちに顔見知りができるだろう。ここでも、続けて練習に参加することが大切!

Q 指揮者の英語がわからなくても大丈夫?
A 練習中は「何ページの何小節目から」と指示が出るが、わからなかったら、すぐに隣の人に遠慮なく聞こう。みんな親切に教えてくれるはずだ。メンバーの輪の中に入る練習だと思って、がんばってみてほしい。

体験版 みんなで歌えば怖くない!?
パットニー・コーラル・ソサエティ(Putney Choral Society)に入門

合唱団へのお誘い

2013年の年末のこと、ロンドンの自宅フラットで狭いバスタブに浸かっていた私(筆者)はふと思った。「この頃、歌ってないなあ」と。昔は台所やお風呂場でご近所さんのことを気にすることもなく、力いっぱい鼻歌を歌いまくっていたものだが、ロンドンに移住して十数年、長屋式フラットの壁は薄いわ、両隣からも階下からも音が筒抜けだわ、で、大声で歌うのは気がひける。そのうちに静かに暮らすようになってしまった。そういえば先日、東京で癒し系の仕事をしている友人に体調の悪さを相談したら「それは、きちんと呼吸ができていないからだ」と指摘されたことも思い出した。ストレスだのなんだので現代人の呼吸は浅く、酸素が不足して大病にもなりかねないらしい。「歌うといいよ!」と友人は言っていた。しっかりと身体を使って歌えば、たっぷりと酸素を取り入れることができ、血液の循環も促進される。もちろん、美容にも良いはずだし! ああ、気兼ねなく、思いっきり声を出して歌いたい…。

ロンドン在住のピアニストの宮負おとさんから「今度、パットニーの合唱団で歌ってみない?」とお誘いを受けたのは、そんなタイミングだった。宮負さんは、16歳で渡英し、17歳から英国王立音楽院(ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック)のピアノ科で学んで、卒業後もそのままロンドンで活動を続けている。ロンドン南西部の街・パットニーに基盤を置く『パットニー・コーラル・ソサエティ』という合唱団でかれこれ25年も伴奏を担当しているのだが、なんでも、この合唱団が1月(2014年)から練習する曲を、4月(同年)に行なわれるフランスの音楽フェスティバルで披露するらしい。合唱なら好きなだけ大きな声で歌えるし、その上、フランスの舞台でオーケストラと共演できるのである。なんて素敵!!

歴史ある合唱団の門を叩く

2014年1月。合唱団の第1回目の練習に参加すべく、練習場所であるパットニーの女子校へ行く。学校の長期休暇中は地元の教会を借りるらしい。80人ほど集まった団員の多くを占めるのは60代以上と思われる年配の紳士やご婦人たちだが、30代から50代の年代もたくさんいるし、20代らしき男女もちらほら。そして、世代を問わず皆さんに共通しているのは、高級住宅地に基盤を置く合唱団だけあって、なんだか上品な感じだということだった。

「パットニー・コーラル・ソサエティ」( 以下、合唱団と呼ぶ)は、前任指揮者のスティーブン・リース先生が1947年に21歳の若さで創設した、67年の歴史を誇る合唱団。リース先生は、王立音楽院での宮負さんの恩師でもあるとのこと。音楽に関して決して譲らない熱い情熱と、新しいことにもどんどん挑戦する強い好奇心を持つリース先生は、ご自身で合唱団が歌う曲を作曲したり、現代の作曲家に合唱団のための新作を委託したり、アマチュアの合唱団としてはめずらしい試みも行なってきた人物。独特のユーモアのセンスと疲れを知らないバイタリティをもって65年に渡って合唱団を牽引し、その功績から大英帝国勲章MBEも授与されている。

これほど長く指揮者が変わらなかった合唱団は英国でも非常にめずらしいらしい。80代後半の高齢となって、2012年に現在の指揮者であるクリストファー・ブレイム先生に指揮者の座を譲ったものの、今もリース先生は合唱団のバス・パートで、年などまったく感じさせない美声を聞かせている。

オーディションなしに即入団

歴史を聞くと敷居が高そうな合唱団だが、ありがたいことに入会のためのオーディションはなく、ほとんど合唱の経験のない私でもすぐに入れてもらえた。
さて、パットニー合唱団の今期の主な演目は、有名なモーツァルトの『レクイエム(Requiem)』と、現在オックスフォードを拠点に活動する英国の合唱曲作曲家、ボブ・チルコットの『ア・リトル・ジャズ・マス(A Little Jazz Mass)』で、3ヵ月後の4月にフランスのダンケルク(Dunkirk)で行なわれる音楽フェスティバルに向けて、これから練習を重ねることになる。
楽譜は、自分で用意してもよいが、合唱団が図書館からまとめて借りてくれてもいる。今回は、古典の『レクイエム』はまた歌う機会もあるかもしれないと考えて購入することにし、『ア・リトル・ジャズ・マス』のほうだけ借りることにした。経理担当の紳士に3ヵ月分の会費75ポンド(65歳以上や学生には割り引きもある)を支払い、楽譜係の婦人に3ポンドの手数料を払って楽譜を借り受ける。借りた楽譜はコンサートが終わるまでは自宅に持ち帰ってよく、家で練習もできる。もちろん、借りた時と同様の状態で返却しなければいけないので、練習中の書き込み用に鉛筆は必携。返却時に書き込み跡が残らないように、太目の芯のものを使うことにした。

覚えやすそうなソプラノを志願

次に歌うパートを決める。歌は大好きでも、音楽の素養は義務教育で習った程度。なんとか音符は読めるが、シャープやフラットが2つ以上ついてきたらお手上げだ。OL時代のカラオケの十八番は中森明菜で声域は低いほうだと思う。しかし、低音パートのアルトはソプラノと“ハモ”らなければならない。ハモる醍醐味も魅力的だが、譜面だけで覚えるのは、なかなか難しそう。ソプラノが歌う『レクイエム』の主旋律にはかなり高い音があると聞いていて、そこまでの高音が出せるのかは不安だが、それでも主旋律ならプロが歌うCDを聞いて“耳コピ”すれば、楽譜を読むのが少々不安でもなんとかなりそうな気がする…。ということで、安易な選択だがソプラノのパートに参加することにした(後日、この心配は杞憂だったことが判明。大抵の合唱曲なら、練習用に各パートだけの音を入れた録音がYouTubeなどで簡単に見つかるのである)。

約4ヵ月間の練習参加で気づいたことがある。それは、ソプラノとアルトのご婦人方の気質の違いだ。合唱とはいえ、主旋律を歌うソプラノはやっぱり「スター」。のど自慢が揃っているので、前に出る気も満々で、私たちが引っ張っていかなければという気概に満ち溢れている。ファッションもおしゃれで、女子力全開なパートである。一方、アルトのご婦人たちは比較的服装もカジュアルで気さく。ソプラノが「おほほ」と笑うなら、アルトは「あはは」と笑うようなイメージだ。このアルト、ややこしい音の上がり下がりを駆使して主旋律をハーモニーで支えるという重要な役割であり、歌い始めると、なんだか男らしくてかっこいいパートなのだった。

前述の理由でソプラノを選んだ私だったが、「スター」の方々が占めるソプラノ前方席は近寄りがたく(注:勝手な思い込みもある)、ソプラノ後方に席を確保。こちらはもう少し気楽な印象で、初回の練習時から気さくに話しかけてもらえ、指揮者の指示がわからない時や、音やテンポが不安な時に教えあったりして、私はここを定位置に快適な練習期間を過ごすことになった。
もちろん、人間関係に緊張するのは最初だけで、何度も練習に参加するうちに顔見知りになれば、打ち解けてくる。歌好きの人が集まっているからか、パートに関係なく皆優しい。男性団員の数はテノールとバスを合わせても女性団員の5分の1ほどなのだが、どの男性も英国紳士で礼儀正しく、しかも、全員揃って男前な声の持ち主だった。
休憩時間には団員が交代で用意するジュースとクッキーをいただくのだが、そんな時に「息子の嫁は日本人だ」とか、「京都旅行は素晴らしい想い出だ」といった話題も出て、日本びいきの団員が意外に多いこともわかってきたのだった。

やってみれば、なんとかなる!

さて、いよいよ練習開始。体が堅くなっていては良い声は出せないので、まずはウォーミングアップから。簡単なストレッチのあと、姿勢を正す。両足でしっかり立ち、肩を広げて、お腹をゆるめて。天井から頭のてっぺんを吊り下げるように…。そして、ピアノに合わせて音階の練習をする。口の形も広げたり、丸めたり。身体と口がリラックスしたところで、楽譜を開く。
本番はオーケストラの演奏で歌うのだが、練習はピアニストの伴奏に合わせて行う。ピアニストは主に伴奏部分を弾きつつも、重要なポイントではソプラノ・アルト・テノール・バスの4つのパートの音も弾いてくれる。どこかのパートの音が外れ始めたらすかさず気づき、その部分だけ大音量でガンガン弾いて、「間違ってるよ、正しい音はこれ!」とピアノの音だけで知らせてくれる。あ・うんの呼吸で突っ込んでくれる技術は本当に素晴らしい。歴史ある合唱団とはいえ、みんな素人であり、ピアノ伴奏は頼りにされている。『レクイエム』は本番ではオーケストラだけでピアノはないし、『ア・リトル・ジャズ・マス』のピアノは歌の旋律とはまったく異なる音を弾くので、練習時のような音程のサポートは期待できない。本番直前の練習時には、宮負さんのピアノなしでの合唱に不安を漏らす団員の声も何度か耳にした。

『レクイエム』も『ア・リトル・ジャズ・マス』も、歌詞はラテン語。「キリエ」やら、「べネディクトゥス」やら、宗教音楽らしい単語が並ぶ。ラテン語は意味も発音もわからない。細かい音符を追いながらラテン語の発音まで気にかける余裕はなく、対策としてテンポが速くて追いつかない箇所に耳で聞こえる発音をカタカナで書き入れてみたところ、俄然歌いやすくなった。心配していた楽譜読みも、プロによる合唱を聞き込んで“耳コピ”したり、楽譜に高低の動きや息継ぎポイントを書き込んでタイミングを研究したりして、だんだん、楽譜に首っ引きにならずに、顔を上げて指揮者を見ることができるようになった。
指揮者のクリス先生はぽっちゃり系イケメンの30代前半の男子で、キュートな笑顔で合唱団のご婦人たちをメロメロにしている。その上、辛抱強く、かつ、紳士的で、練習で合唱が崩れはじめても決してキレることもなく、冗談を言って団員を和ませる。アマチュア合唱団の指揮者は忍耐力とユーモアのセンスがなくてはやっていけないのだ。彼の英国的なジョークの半分くらいが(語学力不足で)いまひとつ理解できなかったのが残念だったが、練習は常に和やかな雰囲気で進んでいった。

いよいよ、フランスの音楽フェスへ!

2014年4月。いよいよ、フランスへの2泊3日の合唱旅行に出発する日となった。金曜日早朝にパットニーに集合して大型バスに乗り込み、ドーバーから海峡フェリーでカレーに渡る。最終目的地のダンケルクはそこから海沿いに1時間ほど北へ上った海辺の街だ。旅行の手配を担当した合唱団のまとめ役さんの尽力で、今回のツアーの参加費用は交通費と滞在費を合わせて一人125ポンドと、とても安上がりに抑えられていた。感謝。バス旅の車内ではグミ系のお菓子が何度も何度も前方から回されてきた。日本育ちの私には分からなかったが、これは英国の学校遠足の定番らしい。フェリーでも風が吹きすさぶ寒い甲板に出て写真を撮ったり、中のバーで一杯飲んだりと、一行は遠足気分のまま、カレーに渡り、ダンケルクには午後4時前に到着。その日は自由行動ということで、海辺の散策とフランス料理のディナーを楽しんだ。

第1回目のステージ

© Kenji Nagoshi
2日目。パットニー合唱団がダンケルクでの音楽祭に招待されたのは、この街にある合唱団と長い交流があるからだそうで、この日の夜はその合唱団のコンサートの前座として『ア・リトル・ジャズ・マス』を歌うことになっていた。午前中に本番が行なわれる教会でリハーサル。青いステンドグラスが印象的な教会で、建物自体は小さいながらも天井が高く、歌声がとても美しく響く。しかし、クリス先生をはじめ、合唱団に焦りの色が見えるのは、『ア・リトル・ジャズ・マス』のリズムにいまひとつ皆が乗れていないからだ。

『レクイエム』は過去に何度も歌ったことがある団員も多く、これまで慣れ親しんできた典型的なクラシックなのだが、『ア・リトル・ジャズ・マス』は現代の作曲家の作品であるうえにジャズ仕立て。特に年配の団員の方々には歌の入りや音程の変化がわかりづらかったようで、ところどころ、歌い始めの2、3音が口パクになってしまった人もいたと思われる。また、高音部が『レクイエム』よりもさらに高いためにしばしば、キンキンと響いてしまい、さすがのソプラノの熟練メンバーも手を焼いていた。しかも、この曲ではソプラノ・パートがさらに高低2パートに分かれていて、低いほうは後方座席組が担当していたのだが、本番直前になって人数を数えてみると、ソプラノの低いパートは私を含め3人しかフランスツアーに参加していなかったことが判明! これではハーモニーにならないと、我々は急遽、最後列から最前列に移動させられることになったのである。

これまで後方で気楽に歌ってきた3人がいきなり最前列に立たされる緊張といったら…。私は最前列から観客席に座るフランスの方々の表情やクリス先生の熱い指揮を目の当たりにしながらやっとこさ『ア・リトル・ジャズ・マス』を歌い終えたのだった。歌の出来はというと、直前リハーサル時の予想通り少々悔いの残る結果となってしまい、舞台から降りた合唱団員の表情は暗かった。しかし、引き続いて演奏されたクリス先生のオーボエと宮負さんのピアノによるサンサーンス『オーボエソナタ ニ長調』が素晴らしく、「これで英国の面目が保たれた」と、合唱団全員が元気を取り戻したことを付け加えておく。

500人での大合唱『レクイエム』

3日目。いよいよ、フランス各地から集まった合唱団の500人余りが一堂に会して歌う、フェスティバルの大トリ『レクイエム』だ。前日に区役所ホールで行なわれたリハーサルも圧巻だったが、本格的なオーケストラと共に、街一番の大きな教会で、びっしりと埋まった観客席を前に歌うのだから、緊張はMAX。まるで紅白歌合戦にでも参加しているような気分だ。

合唱参加者のドレスコードは、男性が黒のスーツに白シャツと黒のボウタイ、女性はシンプルな黒の長袖・ロング丈のワンピース、または上下。老いも若きも練習時に見慣れた日常の姿から英国紳士・淑女へとビシッと変身しているし、普段はノーメーク派のご婦人たちもばっちり化粧を決めていて、みんなカッコイイ! 英国人だってキメる時にはキメるのである。そして、演奏が始まったらもう、あとはしっかり前を向き、ひたすら指揮者をみつめて歌うのみ。思いっきり歌っても、誰の迷惑にもならないし、どんなに大きな声で歌っても、自分の声なんてまわりの歌声にかき消されて聞こえず、500人分の声が生み出すハーモニーだけが教会じゅうに響き渡る。人間の体ってすごい。 素人の声でも、たくさん集まったらこんなに美しいハーモニーが作りだせるのだ。そして、1時間弱の『レクイエム』を全力で歌い終わった後に疲れは感じず、逆に体中にはエネルギーがみなぎっていた。
本番後にはフランスの合唱団との懇親会が行なわれた。大舞台を無事に終え、普通の“お兄ちゃんとお姉ちゃん(おじちゃんとおばちゃん)”に戻って、シャンパン・グラスを交わす。歌い終えた満足感はもちろんだが、今回のような草の根の地域社会同士の交流が、アマチュアの音楽活動の歌声を通じて何年も続けられているということにも感動した。こんな素敵な音楽の輪に遠い東方の島国から来た私も混ぜてもらえたことに感謝しながら、ロンドンへ戻るバスに乗り込んだ。
合唱の素晴らしさを全国に再認識させた
指揮者、ガレス・マローン
BBC2のテレビ番組『The Choir』は、歌とは疎遠の学校やコミュニティに入り込んだ指揮者が人々に呼びかけて合唱団を作り、コンサートに向けて練習を重ねていく工程をまとめたドキュメンタリー・シリーズだ。
第1弾が放映されたのは2006年。これまでに、今まで合唱団など存在したことのなかったロンドン郊外の高校、“男が合唱なんかできるか”といきがる生徒ばかりだった男子校、労働者階級が多く、住民が地元に誇りを持てずにくすぶっている田舎町、アフガニスタンで任務遂行中の英国陸軍兵士たちの帰りを待つ家族が住むコミュニティ、忙しくてストレス満載の職場などが舞台となってきた。
シリーズすべてに共通しているのは、歌から縁遠い人々が、戸惑いながら、または面白半分の軽い気持で、合唱で歌い始め、練習や公衆の前で歌うミニ・コンサートを通じてその面白さを知っていく過程を追っていること。歌うことで自分自身を再発見したり自信や生きる力を取り戻したりして、さらに合唱の魅力にはまっていく人々の姿が共感を呼んだ。
番組の魅力は指揮者のガレス・マローン氏=写真右上=によるところが大きい。子供の頃から音楽をひたすら愛し、そのためにイジメにもあったそうだが、自らを「合唱のアマチュアで、合唱普及者」と呼ぶ彼の情熱が人々の心をつかみ、最初はばらばらの寄せ集めだった人々を、集大成となる最後のコンサートでは見事にひとつにまとまった立派な合唱団に変貌させるのだった。
2012年にマローン氏は、音楽への貢献により大英帝国勲章OBEも授与された。夫人とのあいだに2人の子供あり。
ロイヤル・アルバート・ホールの舞台で歌う!
日本でも、毎年12月に開かれる「1万人の第九」のような一般参加者による大規模な合唱コンサートがあるが、英国ではこういった企画は「Come and Sing(おいで、歌おう)」と呼ばれ、種類も豊富にある。これまでの音楽経験は問われない一般者向けのものがほとんどだ。
演目は、ヘンデルの『メサイア(Messiah)』、モーツァルトやフォーレの『レクイエム(Requiem)』、オルフの『カルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)』、『クリスマス・キャロル』といった人気のクラシックから、ジョン・ラター(John Rutter)氏やボブ・チルコット(Bob Chilcott)氏といった英国の現代作曲家・指揮者とのコラボレーション企画もある。会場も小さな教会やホールから、大きな教会や大ホールまでさまざまだ。
こういった企画では、歌わせてもらうことに対してお金を払う。オーケストラも用意され、本番前に数時間の通し稽古がついていることもある。もちろん、観客がいないと張りが出ないので、家族や友人にも聞いてもらえるように客席も設けられているのだが、幕が開いてみると舞台に立つ人数のほうが多かったりもする。
ロイヤル・アルバート・ホール=写真=でも毎年、『The Really Big Chorus』や『The Scratch』という、1,000人から3,000人規模で合唱する企画が設けられており、英国各地から合唱好きが大型バスで集まってくる。参加者は、自分のパートの席を買い、楽譜を用意して、歌も“自主トレ”しておく。当日のドレスコートは「エレガント」で、男性は黒の礼服、女性はソプラノとアルトがドレスの色で色分けされるのが一般的。歴史あるホールの中に何千人もの声が生み出すハーモニーが響き渡るのは圧巻で、生涯忘れられない経験となるのは間違いない。

週刊ジャーニー No.863(2015年1月8日)掲載