「サステイナビリティ」を旗印に
今からちょうど50年前、初の東京オリンピック開催のために日本の政府が行ったことは、東京の河川を埋め立ててその上に高速道路を走らせたり、地域住人を立ち退かせてでも必要施設を建設したりすることだった。「開発=環境破壊」だった高度成長期の強引でがむしゃらな政策は、当時は「活気」という言葉に置き換えられて許されたかもしれない。しかし、このような方法は現代社会においては、もはや通用しないだろう。
現代の英国が2005年に掲げたのは「サステイナブル・ゲームSustainable Games」という言葉だった。 サステイナブルは「持続可能な」と言う意味だが、調べてみると、「人間活動、特に文明の利器を用いた活動が、将来にわたって持続できるかどうかを表す概念。経済や社会など人間活動全般に用いられるが、特に環境問題やエネルギー問題について使用される」とある。例えば、漁業においてサステイナブルであるといえば、むやみな乱獲を抑え、水産資源を破壊しないように、次世代に残すような漁法、または畜養を行うということになる。
このような考えをもとに計画されたオリンピック・パークは、「People」「Place」「Performance」という3つの「P」に関するサスティナビリティが提唱されている。▼People:ビジターだけではなく、住人、そこで働く人々が満足出来る▼Place:乱開発ではなく、これまでその地域にあった環境問題を解決し、未来につなげる再開発▼Performance:オリンピック競技が終わったあとでも使用可能な、人を呼べる場を提供する、の3つだ。
では、この3本の柱を元に作られたオリンピック・パークの様々な工夫を具体的に見ていこう。
ゴミの投棄場だった候補地
再開発というと聞こえはいいが、オリンピック・パラリンピック大会の候補地となったストラットフォードは、数世紀にわたって工業地帯として盛衰を繰り返してきたエリア。化学やガス、タバコ、塗料などを製造する工場が操業していただけでなく、欧州最大規模の産業廃水処理場跡地でもあった。そのため産業汚染は土壌だけでなく、この地域を流れるリー川(River Lea)にも及んでいた。
しかも近年では大型ゴミの投棄場としても利用されていたため、川岸には壊れた冷蔵庫群が並び、川には古タイヤやショッピング・カートが打ち捨てられていた。ストラットフォードは、こうして手の付けようのない状態で長年放置され、ロンドンの「巨大なゴミ捨て場」となっていたのだ。高額な政府予算が組まれ、英国民は「増税」という形でストラットフォード再開発に関わることになる。
再開発にあたり、土壌200万立方メートル(地下40メートル)が掘削され、サイト内に設置された「ソイル・ホスピタルsoil hospital (土壌病院)」と呼ばれる5ヵ所の土壌洗浄設備で、掘削した土壌約70万立方メートルの洗浄処理が行われ、90%が浄化された(詳細はコラムを参照)。このほか汚染されていた地下水については、複数の技術を組み合わせた処理で、合計2000万ガロン(約9万立方メートル)の地下水が浄化処理された。リー川の6・5キロの水路も改良・ 拡大され、約45年ごとに襲う浸水から付近を守る工夫も為されている。
そのほかにも、高さ65メートルの送電用鉄塔52基を撤去し、地下に電気ケーブルを埋め込む作業は長さ5キロにも及んだ。普段は工事作業の遅さ で嘆息される英国が、限られた期限の中で、国の威信をかけての本気の取り組みを示した良い例といえるのではないだろうか。
建設途中のオリンピック・パーク。送電用鉄塔の撤去、土壌洗浄、地下水浄化、
水路の改良・拡大など、大規模な再開発工事が行われた。 © Evening Standard
土壌汚染調査や浄化を進めるのに不可欠な洗浄設備のこと。先進国で行われているオリンピックは、ロンドンに限らず、オーストラリアのシドニーでも、土壌汚染対策の後、オリンピック会場が整備された。2016年のオリンピック開催地であるブラジルのリオ・デジャネイロでも、会場となる土地の土壌汚染調査や浄化が進められている。 日本では、2020年の東京オリンピックへ向けての浄化作業はもちろんだが、それ以外でも現在浄化が実施されている地がある。東京築地市場の移転先に決まった、豊洲の土壌汚染サイトだ。ちなみに、ストラットフォードのオリンピック・パークはこの新市場予定地の約6.5倍の広さ(ハイド・パークとケンジントン・ガーデンズを併せたサイズとほぼ同じ)であり、オリンピック開催をこの地に決めたことが、いかに勇気ある決断だったかが改めて分かるだろう。 オリンピック・パークの土壌汚染調査では、サイト内3500ヵ所から3万以上のサンプルを採取。重金属、VOC(塩素溶剤)、油のほか、低濃度の放射性物質にも汚染されていたという。これを50のプロジェクトに分けて、2007~09年までに主な浄化工事を実施。分析結果は5段階のチェック体制をとり、その後にオリンピック実行委員会が確認・承認した。競技施設の建設期間を確保するために、基礎となる土壌浄化は限られた時間の中で行わなければならなかったはずで、工事関係者はオリンピック開催の陰の功労者ともいえそうだ。 日本では、2002年に初めて「土壌汚染対策法」という法律が成立。東日本大震災以降、土壌浄化はこれまで以上に重要視される分野 となっていきそうだ。 |