財力や地位を示す霊廟

 建物や墓石、記念碑のデザイン様式は多様で、重厚なゴシックが好まれることもあれば、ローマやギリシャの様式を取り入れたネオクラシック・スタイルが支持されることもあり、計画段階での議論は白熱した。これをうかがい知る出来事が、ケンザル・グリーンの礼拝堂設計の際に繰り広げられている。北ケンジントンに位置し、現在でも埋葬が行われている同霊園では、敷地の中心にイングランド国教会用の礼拝堂が設けられている。
ネオクラシック(ギリシャ・リバイバル)様式の崇高な雰囲気を漂わせるこの礼拝堂が霊園に彩を添えていることは、訪れればわかっていただけるはずだ。しかし、デザイン・コンペで実際に勝利したのは建築家ヘンリー・エドワード・ケンダルのゴシック様式だった。このことは、その外観からは予想できないだろう。ゴシック・デザインが勝利するやいなや、ネオクラシック支持派の経営陣が異議を唱えたのである。反発は容易に鎮められるものではなく、霊園立ち上げ当初から尽力していたゴシック派の幹部が締め出されるなどの事態に発展。紆余曲折を経て、ネオクラシック様式で設計が進められることが決まり、170年を過ぎた今にその姿を残すこととなった。



ハイゲート・セメタリーの西区画にある、ジュリアス・ビアーの霊廟。 © Hugh Thompson

 

さて、デザイン談義が熱を帯びる一方、利用者も無関心ではいられなかったようだ。墓石は財力や地位を誇示する見せ場としてとらえられ、庭園内の目立つ場所に墓所を構え(当然ながら、そういった場所は他に比べて値が高い)、専門の彫刻家に記念碑を彫らせる者も少なくなかった。『モダン』な墓石や墓地を彩る記念碑などの『作品集』も出版されたほどである。
現存する霊園を散策をしてみると、各地でその『コレクション』を鑑賞することができる。
好例として、ハイゲート・セメタリーにある「ジュリアス・ビアーの霊廟Mausoleum of Julius Beer」をご紹介しておきたい。ここに眠るドイツ生まれのジュリアス・ビアーは、ロンドンでの株取引で財を成した資産家で、一時はオブザーバー紙を所有したほどの人物。だが、彼の名声は、見栄っ張りだった当人にとって満足のいくものではなく、後世に名を残すため、1876年に5000ポンド(当時)を費やして、約2メートル四方の区画に霊廟を建てた。彼の望みは実り、今も格段の存在感を放っている。ただ、悲しいことに、彼自身よりも先に10歳にも満たなかった愛娘が逝去。死後の平安を祈り、父は天使に抱かれる娘の彫刻を造らせ、建物の中心にすえたのだった。ここを訪れると、修復された姿を見学することができる。内部の壁と円形の天井には、鮮やかなブルーのタイルと大理石が印象的な、見事な装飾が施され、贅の限りを尽くしたことがうかがえる。
また、前述のケンザル・グリーン・セメタリーで、ゴシック様式のデザイン案を不採用とされたケンダルは死後、同霊園に埋葬された。彼の頭上には『ゴシック様式』の記念碑が鎮座している。