踏み潰された希望の芽

 ジェーンとギルフォードは、ロンドン塔内の別々の建物へと移送される。ギルフォードは「ビーチャムタワー」に、ジェーンは看守用の住居「ナサニエル・パートリッジズ・ハウス」に幽閉となった。すぐ後に逮捕されたダドリーも「ガーデンタワー」(後にブラッディタワーと改名)、他の息子たちはギルフォードと同じ「ビーチャムタワー」に投獄された。
ダドリーはカトリックへの改宗を宣言し、新たに王位に就いたメアリー1世に己の助命を嘆願したが叶わず、8月22日、タワーヒルにて公開処刑が行われた。斬首されるその時まで、恩赦により刑が中止されることに望みをかけていたという。
驚いたことに、ジェーンやグレイ家に対するメアリー1世の措置は、意外なまでの寛大さを含んでいた。ジェーンには侍女がついたし、庭を散歩することも許されていた。父ヘンリーは母フランセスの懇願により、罰金を払っただけで釈放されている。何も知らないままに担ぎ出された「犠牲者」に、メアリー1世が同情の念を覚えていたとしてもおかしくはないが、何よりもグレイ家は、メアリー1世の生母キャサリン・オブ・アラゴンの親友でもあった「最愛の叔母」の家族であるということが、大きな意味を持っていたようだ。メアリー1世とフランセスも、宗派を超えた友人であったとされる。
11月14日、ジェーンとギルフォードの裁判が開かれ、2人に死刑判決が下される。しかしながら、ジェーンが王族に連なる者であること、まだ16歳であること、本人に野心がないことなどから、実際には刑は執行されないだろうというのが大方の見方だった。王位が変わればロンドン塔から釈放され、故郷のブラッドゲートに戻ることも可能だったかもしれない。…だが、その希望の芽を踏み潰した人物がいた。
1554年1月、メアリー1世とカトリック強国スペインの皇太子(後のフェリペ2世)との婚約が発表されると、結婚に反対するプロテスタント派が、ジェーンを旗印にして相次いで反乱を起こした(最も大きなものがトーマス・ワイアットの乱)。2月7日までにすべての反乱が鎮圧されたものの、ジェーンを生かしておくのは危険だとの声が高まる。そしてなお悪いことに、なんとジェーンの父も反乱に乗じて挙兵していたのだ! メアリー1世はこの報を受け、ジェーンとギルフォードの処刑執行令状に署名。父の浅はかな行為が、娘の運命まで決定づけてしまったのである。刑の執行は2月12日と決まった。



タワーヒルで行われたジョン・ダドリーの公開処刑の様子。

断頭台と暗闇の恐怖

 その日もいつものように、どんよりとした陰鬱な空が広がっていた。早朝に目覚めたジェーンは簡素な白いドレスをまとい、その上から黒地のガウン、黒色のケープとフード、黒手袋という黒一色で全身を包んだ。
朝10時前、公開処刑場のタワーヒルへと連行されるギルフォードを見送ろうと、ジェーンは窓の側に歩み寄る。実は処刑の前日、ギルフォードが「会いたい」と伝えてきていた。しかしジェーンは「離れ離れになるのはしばしの間だけで、すぐにまた会えます」とだけ伝言してこれを断ったという。このような運命へと引きずり込んだことをいまだに許せなかったのか、それとも誰かと面会して心が揺れることを恐れたのか――。今となっては、ジェーンの本心を知る術はない。顔色は悪いものの、前を見据えて歩き去っていく彼の背中を見つめ、そのまま半刻ほど待つと、一台の荷車が音をたてながら戻ってきた。その上に、血で汚れた頭部のない遺体がのせられているのが目に入った。「あぁ、ギルフォード! あなたの試練は終わったのですね…」。次はジェーンの番だった。
王家の血を引くジェーンは、タワーヒルでの公開処刑ではなく、ロンドン塔内のタワーグリーンで処刑されることになっていた。ジェーンは祈祷書を手に、毅然とした態度で処刑台の階段をのぼっていく。刑に立ち会った人々へ向けて最後の演説を行い、祈祷書の一説を読み上げると、それを父に渡すように告げて介添えの男性に手渡し、侍女たちには形見としてハンカチと手袋を渡した。頬を涙で濡らした侍女に手伝われながらガウンやケープを脱ぎ、これから自分がする行為への許しを乞う処刑執行人に、許しの言葉を述べる。ここまでは完璧だった。テューダー王家に連なる娘として、また由緒あるグレイ家の長女として、取り乱すことなく堂々とこなすことができた。
だが、藁の上に立ち、ちらりと断頭台に目を落した瞬間、ぞっとする恐怖が身体を這いあがる。か細い声で「早く済ませてくださいね」と処刑執行人に頼んだというジェーンは、すっかり16歳の少女に戻っていたのだろう。布で目を覆い、震える手でなんとかきつく縛る。その途端、自分が暗闇の中に放り出され、1人だけ知らない場所に取り残されたような気がした。怖くなって急いで断頭台に首をのせようと手を伸ばすが、その台が見つからない。必死に手探りで探しても、どこにあるのかまったくわからない。
「どうすればいいの? どこにあるの?」
震える声でジェーンはつぶやいた。すると、誰かの手が優しくジェーンに触れ、導いてくれるのを感じた。ようやく台を見つけると、静かに首を横たえ最期の言葉を唱えた。
「主よ、我が魂をあなたの手に委ねます」
持ち上げられた斧の刃がキラリと光り、うなり声を上げながら勢いよく落下する。16歳と4ヵ月というあまりにも短い生涯だった。



タワーヒルへと連れて行かれるギルフォードの姿を、悲しげに窓から見守るジェーン。