突然の不本意な結婚
「それ」はジェーンにとって、まさに寝耳に水だった。
15歳を迎えたある日、ジェーンを呼びつけた両親は、ノーサンバランド公ジョン・ダドリーの6男で、17歳のギルフォードとの婚約を告げた。仰天したジェーンは、淑女らしく振る舞うことも忘れて思わず叫んだ。「嫌です!絶対に嫌!」。ギルフォードは女癖が悪く、酒と賭けごとが好きな放蕩息子として知られていたし、父のダドリーは黒い噂がつきまとう人物。親が決めた政略結婚に従うのが貴族の娘の宿命ではあるものの、かの一家と縁を結ぶことには不吉な予感しかしなかった。
バシッと母の強い平手打ちがジェーンの頬で鳴った。
「陛下はまだお若い。ノーサンバランド公様は、いわば師父代わりです。そんな方の義理の娘になれば、誰よりも輝かしい未来が待ち受けているのですよ! それにもう決まったことです!」
縁談は不自然なほど迅速に進められ、1553年5月21日、ロンドン・ストランドのテムズ河沿いにあるダドリー家の邸宅「ダラム・ハウス」(現在のアデルフィ・テラスがある場所)で結婚式が行われた。ジェーンの妹キャサリンとダドリーの娘の婚礼も同時に行われ、3組合同で開かれた盛大な式は、ジェーンの憂鬱な表情とは対照的にまれに見る煌びやかさだったという。
女王即位への同意を迫られるジェーンと、彼女の右腕を引いて返事を促すギルフォード。
エドワード6世の遺言状を持ち、ひざまづいている手前の男性がジョン・ダドリー。
仕組まれた玉座への道
7月9日、精神的苦痛が重なり体調を崩して療養していたジェーンが、ジョン・ダドリーから呼び出されて義父の邸宅へ向かうと、屋敷は不気味なほどの静けさに包まれていた。大広間にはすでにダドリー一家とジェーンの両親、それに数人の主だった貴族らがそろっており、ジェーンは訝りながら室内へ一歩踏み入れた。すると、彼らは一斉にジェーンに深くお辞儀し、床にひざまづいたのだ! 狼狽する彼女に、ダドリーの声が突き刺さった。
「国王陛下が崩御なさいました。陛下はご崩御前に、あなた様を次期女王に定める旨をご遺言として遺されました」
あまりに突飛な内容に茫然としたジェーンは、何のことかすぐには理解できなかった。だが、やがてその重大さを認識すると顔面は蒼白になり、声を震わせながら反論した。「そんなはずはありません。次期女王はメアリー様です」。しかし、ダドリーは淡々と続ける。「陛下はメアリー様によってプロテスタントへの迫害が起き、国が混乱するのでは、と懸念しておられました。それにメアリー様とエリザベス様のお母上とヘンリー8世陛下の婚姻は無効となっており、2人は私生児として廃嫡されたお身の上。あなた様のお母上フランセス様は、すでに継承権を放棄されております」。
よろよろと後ずさりするジェーンのもとに駆け寄った夫のギルフォードは、彼女の手を取りながら「どうか決断してください、ジェーン」と懇願。そしてジェーンの父や他の諸侯らも取り囲み、口々にまくしたてる。「ジェーン、亡き陛下のご遺志だぞ」「後戻りはできません。すでにメアリー様はご存知です。もし王位を継がなければ、メアリー様は即位後、我々を反逆罪で処刑するでしょう」――。
「あぁ神よ…」とつぶやき、ジェーンはその場に崩れ落ちた。狡猾な大人たちの説得という名の脅迫を前に、両親への絶対服従、新教への献身を教えられてきた少女がどうやって立ち向かうことができただろうか。やがて「女王陛下、万歳!」という歓呼の声が大広間に響き渡った。
精一杯の抵抗
即位に無理やり同意させられたジェーンは、翌日、金糸の刺繍がふんだんに施された豪奢な衣装を身にまとい、歓迎の大砲や管楽器が鳴り響く中、ロンドン塔内の王宮「ホワイトタワー」に入った。ロンドン塔の周囲には、早朝に発表された前国王の死と新女王の即位を知った多くの国民が集まっていたが、彼女が姿を現しても新たな君主誕生に対する歓声はまったく聞こえない。メアリーが王位に就くと思っていた彼らは、名も知らぬ少女の突然の即位に、戸惑いと不満を感じていたのである。
一方、ジョン・ダドリーの計画はまだ終わってはいなかった。彼は戴冠式の準備を進めながら、何気ない調子でジェーンにこう切り出した。「女王の夫が一介の貴族であるのは不釣り合いでは? もうひとつ王冠を用意したほうがよさそうですね」。
これが狙いだったのか…! ジェーンは陰謀の全容を突如理解した。ギルフォードを玉座の隣に据えた後、ジェーンを傀儡の女王とし、ダドリー一族が権力を一手に掌握するつもりなのだ、と。ジェーンの心は一瞬にして怒りで煮えたぎった。そしてダドリーを挑むような表情で見返し、毅然と告げた。
「私が女王の位にとどまる限り、ギルフォード様を王にすることは絶対にありません。議会の承認なしに、そのような権限は持っておりません」
今の彼女にできる精一杯の抵抗であり、王家の血を引く者としてのプライドだったのかもしれない。
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