一石二鳥の王の目論見

ジュニパー・ベリー(juniper berry杜松の実)は、ヒノキ科の常緑樹で、北半球に広く生育する木の果実。英国でも採れるが、近年、国産種の絶滅が危惧されている。

 スーパーや酒販売店などにずらりと並ぶジンのラベルを見渡すと、「ロンドン・ドライ・ジン」と書かれた銘柄を多く目にすることができる。そのことひとつとっても、ロンドンとジンのつながりの深さを感じさせるが、実は、ジンの歴史は英国から始まったわけではない。
ジンは、オランダの医学者が蒸留酒にジュニパー・ベリーを漬け込んで開発した薬酒「ジェネヴァGenever」の影響を受け、英国で発展した。初めてジェネヴァがイングランドにもたらされたのは、1618年から1648年にかけてヨーロッパで三十年戦争が繰り広げられたときだ。戦時中、オランダで兵士らを元気づける飲み物として重宝されたこの酒を、イングランド兵が母国へと持ち帰ったのである。以来、イングランド内では「ジェニーヴァGeneva」と呼ばれ、飲まれるようになった。
ジェニーヴァがジンへと形を変える前の、17世紀のイングランドでの蒸留酒製造業は、ほかのヨーロッパ諸国よりも遅れをとっていた。蒸留は行われていたものの、主な目的は薬用であったほか、ロンドンでは蒸留酒製造が国王の勅許会社に独占されていた。このような理由から、味の向上はほぼ見込めず、上流階級の人々は、フランスから大量にもたらされるブランデーを好んで飲み、これに輸入もののジェニーヴァが加わるようになった。一般大衆向けにもジェニーヴァを模して密造される安い蒸留酒が出始めていたが、これがジンの名で知れ渡るようになるのはもう少し先の話だ。
1688年の名誉革命以降、国内での蒸留産業に変化が訪れる。この戦いでイングランド議会はオランダ総督オレンジ公ウィリアムと手を組み、時のイングランド王ジェームズ2世を追放。ウィリアムはジェームズ2世の娘であった妻メアリーとともに、ウィリアム3世とメアリー2世として、イングランド王に即位した。オランダ出身の新国王は、すぐに反フランス路線に乗り出し、同国産品の輸入を全面的に禁止する策をとった。フランス産ブランデーの輸入も禁じられる一方、これに代えて、国産穀物を使って蒸留酒を生産することが推奨された。
それまでロンドンで独占されていた蒸留酒製造の規制は取り払われ、税金を納めれば誰でも蒸留および販売ができるようになった。その税金も国産穀物の使用を条件にかなり安く抑えられた。製造・販売に必要なものは、蒸留用の小さなスペース、販売のための台車、そしてわずかな資金。それで十分だった。自称すれば、その日から誰もが酒造家になれ、販売することができたのだ。200年にも及ぶ規制下にあったビール販売業や、長年の見習い期間を経てようやく一人前と認められる靴や服の仕立て屋に比べれば、いかに手軽であったかがわかるだろう。
ビール醸造などで使われないような粗悪な穀物でも、蒸留ならば利用されたことから、蒸留後に穀物の嫌なにおいが残り、それを隠すためにさまざまな素材が用いられていた。ジュニパー・ベリーによるもののほかにも、アニスやベイリーフ(月桂樹の葉)などが使われた。国民になじみの深かったビールに比べても格段に安く手に入る蒸留酒が、すぐに市民権を得たことは想像に難くない。
同時に、穀物の需要はうなぎのぼりとなり、国産穀物は売れに売れた。農家や農場の地主は多大な利益を手にし、蒸留酒産業はまさに『天の恵み』といえた。この政策の背景には、酒税による税収を軍事費に充てる目的に加え、有力地主らのご機嫌をとることで、反フランス政策の強力な支持を取りつけようとするウィリアム3世の目論見も潜んでいた。  しかし一般市民にとって、王の思惑など、知るところではない。街中が自家製の蒸留酒の販売に熱をあげた。蒸留により生活の糧を得る者も現れ、同王の政策転換は、大成功と言えた。だが、それと引き換えに払うべき代償の大きさが明らかになっていく。

 

ジンの世界を堪能
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www.shakerattleandstir.co.uk