2012年5月3日 No.726

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

 

激突 オランダ VS イングランド
香料諸島を奪取せよ

第二次英蘭戦争の様子(Abraham Storck作)

 

当時、世界を二分していたスーパーパワー、スペインとポルトガルの繁栄に
翳りが見え始めた17世紀初頭、にわかに頭角を現してきたオランダとイングランド。
両国は競って東インド諸島を目指し、そこで収穫されるスパイスを巡り激しい衝突を繰り返した。
共に新教国としてスペインと戦った同志だったが、うなるような富を前にして偽りの友情は破綻する。
1623年、アンボイナ島において事件が起こり、遂に両者の関係は完全に決裂する。
ポルトガル、続いてスペインに光を当て続けた太陽が、次に微笑むのはオランダか、
それともイングランドか。

 

イングランド人vs サムライ

 

 インドネシア、マルク諸島にアンボイナ島という小さな島がある。今から400年ほど前の1623年、3月9日。この島で一番大きいアンボンの町いっぱいに響き渡るように太鼓が打ち鳴らされた。町中に派手な旗やのぼりが立てられ、楽隊による賑やかな演奏も始まった。人々は、これから始まる一大イベントを一目見ようと町の中央にある広場に向かってわれ先にと駆けて行く。
その頃、堅牢な要塞の中では、10人のイングランド人が、屈強な5人のオランダ人にうながされ、よろけながらゆっくりと大広間へ歩みを進めていた。彼らは身体のあちこちを激しく火で焼かれたため全身が著しく変色し、傷口からは膿が吹き出ている者もあった。彼らが向かっている先に豊穣な未来などない。彼らはこれから始まる最後の審判で、どんなに無実を訴えようとも、弁護してくれる者もなく間違いなく有罪判決を受けることになる。そしてそのまま大観衆が固唾を呑んで待つ町の広場へと引きずり出され、一人ひとり首をはねられるのである。未来はないが、この苦しみから永遠に解き放たれるのであればむしろ、処刑されることが一番の喜びであるかもしれなかった。
大広間の入り口に、手かせ足かせをされた2人の男が待っていた。彼らは辛うじて死刑を免除されたイングランド人であった。10人の男たちは未来を与えられた幸運な2人の仲間にすがりつき、「自分たちが無実の罪によってオランダ人たちに虐殺されたのだということを、故郷の友人たちに伝えて欲しい」と訴え、「血も涙もないオランダ人たちを神がお赦しになりますように」と祈った。
12人のイングランド人たちがお互いの身体を抱きしめあいながら最期の言葉を交し合っている時、別の団体がやはりオランダ人らに追い立てられるようにして大広間に連行されてきた。それは真っ黒に日焼けした9人の日本人で、イングランド人同様、全身を激しく焼かれていた。彼らもまた、予めオランダ人たちが決定済みの死刑判決を受け、首をはねられる運命にある。
日本人たちの姿を認めたイングランド人たちはにわかに悪魔のような形相となり、彼らに向かって一斉に汚い言葉を浴びせかけた。イングランド人たちの存在に気が付いた日本人たちも狂ったように彼らを罵倒し返し始めた。一体、彼らのどこにまだそんな体力が残されていたのか、と思えるほどの激烈さであった。
イングランド人も日本人も、全く身に覚えのない嫌疑をかけられ、今まさに処刑場に足を進めようとしている。英国とオランダ、そしてわずかに日本にも、のちのち暗い影を落とすこととなる「アンボン事件」、または「アンボイナの虐殺」のワンシーンである。