いつか必ず雨は降る

 


結婚式で乾杯するアーノルドと、夫人になったばかりのコレット(Colette)。
 1960年代半ばには業界6位のシェアを誇るようになったフルトン社で、アーノルドは休みなく新しいアイディアを試した。
そのひとつが透明のPVC生地を使った「Birdcage」だった。これは、エリザベス女王の母君である、故クイーン・マザー(皇太后)に気に入られ、悪天候下の公務の際には必ずそのお供をするようになった。現在もエリザベス女王をはじめ、王室メンバーは雨天時にはこの傘で現れる。風が強く雨が横なぐりで降るような天気の日でも、彼らは国民やメディアから『見られる』ことが職務だからだ。
1990年代後半には、ついに業界トップへと踊りでる。それ以来、英国最大の傘・レインウェアのメーカーとしての地位を守り続けている。
プライベートでは、59年にコレット・ロドナーと結婚。61年には長男のアシュリー、63年には次男クレイグ、68年には三男ナイジェルを授かり、現在はこの三男が社長としてアーノルドの跡を引き継いでいる。
もちろん、この50年余り、常に順風満帆だったわけではない。折り畳み傘の激しい攻勢にあって苦境に立たされたり、ドックランズに自社ビルを建設しようとした際、粗悪な工事を行った業者を訴える事態になったりしたこともある。
また、90年代に不況の波が英国に押し寄せた際には、天候までもフルトン社に背を向けた。好天が続いたのである。3年間、英国は記録的に降雨量の少ない年が続いた。バークレイ銀行は、やむなくドックランズのフルトン・ハウスを売りに出した。売値は40万ポンド。ところが不況のただなかで、買いたいと名乗りでる者は1人たりともいなかったのである。自社ビルはこうして意外な理由で売られずに済んだ。断腸の思いでリストラを敢行し、忍耐強く傘を作り続けるうちに、やがて景気も回復。フルトン社は、創業以来最大の危機を乗り越えたのだった。
 


英国で業界6位になったころ、
フルトン社はコマーシャル・ロードから、
同じく東ロンドンにある、このブッチャー・ローの建物へと移った。


ドックランズに建てられたフルトン・ハウス。

 その後、主要な生産拠点を極東に移す一方、ルル・ギネスやオーラ・カイリーといった人気デザイナーとのコラボレーション製品も続々と販売。2008年にはエリザベス女王から王室ご用達のお墨付き(ロイヤル・ウォラント)を賜った。
三男ナイジェルに社長の座を譲ったものの、みずからを「超」のつく「コントロール・フリーク(仕切り屋)」と笑うアーノルドは、フルトン社の今と未来について考えぬ日はないようだ。
「成功」するための条件とは何かと聞かれた時、アーノルドはこう答えることにしているという。
まず、能力(ability)。人それぞれ能力があり、しかも異なる。与えられた能力を活かせば良い、とアーノルドは話す。
次にやる気(ambition)。野心、あるいは向上心というべきかもしれない。どんなにすばらしい能力を備えていても、やる気や向上心がなければ、ムダになるだけだという。
そして強い意志(determination)。これに、ハード・ワークを付け加えようとする人もいるだろうが、「私にとって、がんばって働くことは『ハード』ワークではない。目標に向かって進むことは、やはり喜びだから」。
いずれにせよ、どのような危機的状況に置かれても、「私には、そこまで悲劇的とは思えない。常にユーモアを失わずに乗り切っていきたい」とアーノルドは続ける。それは、ホロコーストを逃れ、言葉もわからぬ未知の国に14歳で孤児として降り立ち、ロイヤル・ウォラントを賜るまでに会社を育てた人物の言葉だからこそという強い説得力に満ちていた。
やまない雨がないのと同じで、逆に必ずいつか雨は降る。
80年の半生をふり返りながら、アーノルド・フルトンは静かな微笑を浮かべた。(文中敬称略)


フルトン社の傘は世界各国で販売されている。
この写真は1997年にワルシャワのデパートで撮影されたもの。


アーノルドが自らデザインしたフルトン社のロゴと、王室御用達であることを示すウォラント。

フルトン・ハウスを訪れたエリザベス女王を案内するナイジェル(Nigel Fulton)。向かって左側に並ぶのが「バードケージ」と呼ばれる透明な傘。もともと、女王の母君であるクイーン・マザーのお気に入りだった。

フルトン・ハウスを訪れたエリザベス女王とエディンバラ公。
左から2人目がアーノルド、
左端は孫娘のデイジー。