豪華客船、海の底へ

 

 午前0時が過ぎたころ、カリフォルニアン号の三等航海士チャールズ・グローヴスは、その日の仕事を終え、無線室へと向かった。好奇心旺盛な彼は、無線室をたびたび訪れては通信士から信号の読み方や器械の操作方法を教えてもらっていたのである。「どんな船がいるんだ?」と尋ねると、通信士は「タイタニック号だけだ」と答えた。氷山の警告を送ってやったにもかかわらず、タイタニック号から一方的に通信を切られた通信士は、午後11時半には無線を切り、そろそろ眠りにつこうとしているところだった。
当時、24時間態勢の無線監視を義務づける規制はなく、通信士たちは船長が指示するスケジュールで仕事をしていた。カリフォルニアン号には通信士が1人しか乗っておらず、先ほどのタイタニック号とのやりとりの後、この日の勤務を終了している。グローヴスはヘッドフォンをあててみたが、無線はすでに切ってあり、何も聞こえてこなかった。やがて諦めて無線室を出ていった。
ちょうどそのころ、タイタニック号からは必死の遭難信号が狂ったように発信されていた。その信号はフランクフルト号、オリンピック号、マウント・テンプル号など、いくつかの船にキャッチされたが、どれもタイタニック号から遠く離れた所におり、救助を期待できるものではない。目と鼻の先にいるカリフォルニアン号も、無線が切ってあっては遭難信号は届かない。早朝、ようやくこの緊急事態を知ったカリフォルニアン号は、停泊場所から1時間半でタイタニック号の遭難場所にたどり着いている。タイタニック号が2時間40分で沈没したことを考えると、もしカリフォルニアン号が無線を切らずにいたら、救出に間に合ったかもしれない。この少しの運命のいたずらが、乗客・乗員救出のチャンスを奪ってしまったのだ。
午前0時25分、タイタニック号からの救援要請にカルパチア号が「全速で急行する」と応答。しかし、タイタニック号との距離は107キロ、カルパチア号の最大スピード14ノットで走っても到着までには4時間を要する。マウント・テンプル号も遭難信号を受信すると、すぐに救助の準備を始め、遭難現場へ急行。しかし、浮氷原との遭遇に一時停泊を余儀なくされ、結局到着したのはカルパチア号よりも遅かった。
制御不能なほどの浸水を起こした『楽園』は徐々に体勢を崩しはじめると、船首が黒い水に引きずり込まれ、船尾は水面から持ち上がるような格好になった。船尾が宙に浮くにつれ、船全体がじわじわと前傾し、傾きがみるみるうちにきつくなる。人々は急斜面と化したデッキの坂を我先にと『登った』。足の遅い人や高齢者は次々と迫ってくる水にさらわれていく。やがて耳をつんざくような不協和音を立てながら船体は崩壊を開始。船内で固定されていないものは、すべて海に吸い込まれていった。船尾部分が空中に立ち上がると、船は轟音を立てて2つに折れた。船尾は水平に戻るようにして海面に叩きつけられた後、船首に引きずられるようにして、黒く冷たい海へと飲み込まれていった。15日午前2時20分。辺りは恐ろしいほどの静寂に包まれた。
このとき避難する乗客たちは、遥か彼方に船の灯りを目撃したという。それは遭難信号に気がつかなかったカリフォルニアン号だったのか、救助に向かったものの停泊を強いられていたマウント・テンプル号だったのか、あるいはたまたま近くを航海中のアザラシの捕獲船だったのか。海に浮かぶ希望の光は、ただ失望をもたらしただけだった。最初の救助船カルパチア号がようやく現れたときには、沈没からすでに1時間40分以上が過ぎていた。
1178人が乗れたはずの救命ボートで実際に助かったのは、約700人。不沈客船タイタニック号の処女航海は1500人以上の犠牲者を出す未曾有の海難事故となってしまった。

新事実! タイタニック号沈没の真相

 

 タイタニック号が沈没した原因は、船体右側の船首付近から中央部分にかけて亀裂が生じ、そこから海水が浸入したのだと考えられてきた。
しかしながら近年の調査で、氷山は船体をこすっただけであることが判明。その接触により船体の鉄板がたわみ、鉄板を留めていたリベット(鋲)が弾け跳んだことで、船体の継ぎ目に隙間が生じたのが真相である。この隙間は、すべてあわせても1.1平方メートルほどであったという。

 



タイタニック号が接触したと思われる、ニューファンドランド沖の氷山。