大西洋に浮かぶ楽園のごとき『不沈船』

 

 細部にまで徹底的にこだわって建造されたこの豪華客船は、造船を手がけたハーランド・アンド・ウルフ社(Harland and Wolff)にとってまさに最高傑作であった。
当時にしては画期的な巨船で、全長269メートル、幅28・2メートル、総トン数4万6329トン。キュナード・ライン社の同サイズ級の2客船ルシタニア号、モレタニア号と比べても、長さ約29メートル、幅約1・2メートル、総トン数にいたっては、およそ1万4500トンも上回った。その巨大さにもかかわらず、船首から船尾へと流れる、緩やかにカーブしたボディラインはうっとりするほど優美で、等間隔で並んだ4本の煙突は、船を堂々と力強く感じさせた。
また、安全性も十分に考慮されているという触れ込みだった。浸水が起こった場合にそれを食い止める15の防水隔壁を設置。それらによって、船底は16の区画に仕切られていた。この時代、たとえ衝突が起こったとしても2区画以上が壊れることは考えられなかったが、タイタニック号ではさらに万全を期し、4区画に浸水した場合でも浮かんでいることができるように設計されていた。隔壁は喫水線から少なくとも3メートルの高さまで設けられ、中央部に他の船が衝突したとしても、この高さであれば隔壁を越えて水が隣の区間に流れ込むことはあり得ない、と設計者らは胸を張った。隔壁には防水扉があり、緊急時はブリッジ(船長が指揮を執る部屋)からでもスイッチひとつで閉鎖可能。15センチ以上浸水した場合は、自動で閉じる仕組みにもなっていた。この防水システムが実によくできていたため、各メディアが「タイタニックは実質的に不沈だ」と喧伝。こうして、「安全で絶対に沈まない船」と世界中にその名が広まっていくことになる。
しかし、非常用に備えられた救命ボートは20艘だった。この数だと全員合わせても1178人しか乗ることができず、タイタニック号の定員3300人からすれば明らかに少ない。だが、当時の英国では、1万トン以上の船は最低16艘の救命ボートを積んでいればよしとされていた。救命ボートは避難のためではなく、本船から救助船への移動手段とされていたのである。もし船に損傷が生じても、数十時間、あるいは数日間にもおよび沈没せずに浮いていることが可能とされる豪華客船ならなおさらだ。実際に、1909年に客船リパブリック号が海上で衝突事故を起こし、沈没しているが、沈みきるまでには38時間かかっており、その間にすべての乗員・乗客が救出されている。まさか不沈のはずのタイタニック号が、わずか2時間40分で海底に姿を消してしまうとは、誰が想像できたであろう。
豪華客船としてとりわけ注目を集めたのは宿泊設備だ。とくに一等船客用の区画には、目を見張るものがある。客室は最高級ホテルと同等、もしくはそれ以上に上質な家具や調度品で格調高く飾られ、「洋上の宮殿」と称された。なかでも2室だけ備えられたスイートルームは専用のプロムナードデッキ付き。公共施設としては、レストラン、ラウンジのほか、ジム、サウナ、プールなども用意され、さながら海に浮かぶ楽園のようであった。

 

オリンピック号 船内の様子
タイタニック号は、「豪華客船」の代名詞として先に運航していたオリンピック号の妹船にあたるため、残念ながら船内写真はあまり残されていない。しかし、2船はほぼ同時期に造船が進められたこともあり、外観だけでなく大階段やダイニング・ルームなどの内装も似通っていた。

大階段を見下ろすことができる吹き抜け。天井はガラス張りのドー ム型になっている。

一等船客専用のラウンジへと続く大階段。

一等船客専用のダイニング・ルーム。

一等船客専用のプロムナード・デッキ。