犬ゾリ対馬ソリ

 最初に出発したのはアムンセンであった。全9名の隊員のうち、料理長一人を基地に残し、隊員8名、そり6台、犬90匹で極点を目指す。しかし気温は連日零下50℃を下まわり、さすがのエスキモー犬も動けなくなってしまった。エスキモー犬が元気に活動できるのはどうやら零下40℃が限界のようだった。
 やむなく南進をあきらめ、一旦基地に戻ったアムンセンは次の機会をじっと窺うことになるが、この短い旅の中で学んだことが一つあった。それは極点を目指すのに8人では多過ぎる、ということであった。起床から着替え、食事の準備、後片付けから出発まで、人が多ければ多いほど時間がかかる。これは数ヵ月にわたる死と隣り合わせの旅にあっては命取りになると直感した。
 3人の名誉を奪い、後に恨みを買うことになるが、アムンセンはこれを決断した。極点を目指す隊員を5人に減じ、残る3人には別の任務を与え、10月19日、そり4台、犬52匹と、スリム化させて再出発した。
 一方のスコット隊は別の理由で出発が遅れていた。英国隊は極地に最新の「動力ソリ(motor sledge)」を持ち込んでいた。いわゆる「雪上車」である。この動力ソリ2台に馬のエサとなるマグサを大量に積んだソリを曳かせる計画だ。
 スイスやノルウェーの寒冷地でさんざんテストを繰り返した上で持ち込んだものだった。しかし空気が異常に乾燥した極地では、エンジンがたて続けに不可解なオーバーヒートを起こし、その調整に手間取っていたのである。
 アムンセンに遅れること5日の10月24日、動力ソリ隊(隊員4名とソリ2台)は出発した。しかもそれとて馬に食わせるエサを運ぶための、言わば秋のデポ作戦の続きでしかなく、本隊の出発はまだ数日先のことである。
 10月31日。馬2頭、隊員2名の先遣隊が動力ソリ隊の後を追う。


動力ソリ。南極では役立たずだったが、この後すぐに勃発する
第一次世界大戦では戦車に姿を変え、大活躍することになる。

 その翌日の11月1日、いよいよ本隊(隊員8名、馬8頭)が出発。意気揚々と南へ進み始めた本隊であるが、そのすぐ先では早くも大問題が発生していた。動力ソリが2台とも完全にイカれ、鉄クズと化してしまったのである。動力ソリ隊はやむなくこれを放棄。350キロのマグサを積んだソリを4人の隊員が人力で曳くことになった。
 11月7日、さらに後から出発した犬ゾリ隊2名が合流。隊員16名、馬10頭、犬ゾリ2台の大キャラバン隊が動き始めた。
 動力ソリを捨てた4人の先遣隊がこの日、ようやく南緯79度29分の1トンデポに辿り着いた。
 この頃、アムンセンらのエスキモー犬たちは軽快に走り、5人のノルウェー人も小さなころから慣れ親しんだスキーで快走を続け、南緯83度にまで進んでいた。ここに雪塚を作り、復路で必要となる隊員5名、犬12匹用の食料4日分を埋めた。
 11月17日、遂に氷床は終わり氷河越えとなる。
 南極とは、地球上にある大陸のうち、最も平均標高の高い大陸である。これまでアムンセンたちが走ってきた約600キロは氷床と呼ばれる、厚さ数メートルにわたる氷の棚で、言わば湖に張ったスケートリンクのような部分である。ここでついに南極大陸に上陸。そしてすぐに3200メートルを超える、切り立った氷河を一気に駆け上がる大事業が始まるのである。

 出発時に52匹いた犬は過労死したり、逃亡したりするものがあり、この時点で42匹にまで減っている。この42匹と隊員5名とでその急峻な氷河を一気に駆け上がる。
 ここが両隊にとって最大の鍵となる部分であった。この氷河登山をいかに早く、体力を消耗せず、安全に登りきるか。これさえ越えれば、あとは極点まで標高3000メートル程の高原部分を南に向かってひた走るだけである。復路にももちろんこの氷河はあるが、その時は当然、下りなのである。
 アムンセン隊の犬たちは、日を追うごとに逞しくなっていく。まるで氷河を登りきった先に至福の褒美が待っていると信じて疑わぬかのように猛烈に駆け続けた。そしてわずか4日間で氷河を登りきり、大高原へと出てしまったのである。異常なスピードであった。
 筆者は先ほど、アムンセン一行が11月8日、南緯83度の雪塚に、隊員5名、犬12匹用の食料4日分を残した、と記した。この数字の裏に隠された事実にアムンセンという探検家の、凄みある本質を垣間見ることができる
 大氷河という最大の難所を越えてしまえば、あとは極点まで比較的なだらかな高原が続く。さらに往路では食糧を消費すると同時に、復路の食糧や燃料を雪塚におろしていくため、先に進めば進むほど積荷の重量は軽減されることになる。つまりこれから先、犬は42匹も必要ないのである。『失業』した犬のために彼らのエサを引っ張りながら進むのは、動物愛護の観点から言えば立派なことだが、極点一番乗り、そして隊員全員の生還を目指すアムンセンらにとっては無駄でしかない。この旅にペットは不要であった。この南緯86度36分の地点で42匹のうち、24匹の犬が射殺された。そのうち10匹が直ちに5人の隊員たちと、生き伸びた犬たちに骨まで食い尽くされた。残りの14匹の死体は復路用の貴重な食料として雪塚に埋められ、隊員たちはこのポイントを「肉屋」と名づけた。目的達成のためとはいえ、愛する犬たちでさえ隊員や残った犬たちの貴重な蛋白源とされた。また、生肉は壊血病の予防にも有効であることを、アムンセンはエスキモーと生活する中で学んでいた。南極点に到達し、再び「肉屋」に戻ってくる間、残った18匹のうちさらに6匹が食われ、犬は最終的に12匹となる。犬にとっては誠に不条理な話であったが、人間にとっては最も合理的な方法として採用された。

 
地図と向き合うアムンセン(左) 装備の改良に忙しいノルウェー隊(右)