紀元43年から400年近くにわたりローマ帝国の属州となっていたグレート・ブリテン島。
虐げられ、搾取される一方で実に様々な技術や物品が伝えられた。ローマ固有、あるいはローマ人が 発明したものばかりではなく、ローマが他の征服先で獲得したものも含まれる。
今号では、紀元1~5世紀にかけて海を越えてもたらされた遺産の数々を取り上げてみることにしたい。

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

4万からなるローマ軍が侵攻した当時の英国は、ケルト系住民が暮らす地だった。紀元前4世紀頃に、ケルト系ブリトン人の住む地=「ブリタニア」と呼ばれるようになったものの、部族間の抗争は激しく、国家として統一されてはいなかった。統制のとれたローマ軍に、複数のブリトン部族からなる連合軍は無残にも撃破されたのだった。

強大な軍事力にものをいわせて勢力を拡大していったローマ帝国の支配下に入るにあたって、被征服者には、次のような選択肢が与えられた。
●ローマ軍が駐屯し属州となる。この際、重税が課せられるのが常だった。
●ローマに一定の金額を支払うかわりに、ローマ軍の駐屯は断り、ある程度の自治を認めてもらう。

まとまった金額を支払うことなどできなかったグレート・ブリテン島は属州となるしかなかった。395年の東西分裂などによりローマ帝国が弱体化したのをうけ、搾取される立場からようやく解放されたのは410年のことだった。

属州としての約370年は、グレート・ブリテン島に住む人々にとって幸せな日々だったとは言い難いとはいえ、この間に、ローマ人が持ち込んだものの多さには目をみはるものがある。

以下で主要なものをご紹介することにしたいが、建築・土木技術、果物や野菜といった農作物から、公衆浴場や公衆トイレなどの生活習慣にかかわる施設、給与や税金をはじめとする社会の基盤となる仕組みまで、驚くほど多岐にわたる。

搾取と引き換えに、こうした進んだ文化がもたらされたというわけだ。

そして、これらの多くは、ローマから伝えられたものだと意識することがほぼないと言えるほど、日常生活に浸透している。「一日にしてならず」といわれたローマの力は、一日にして消え去らず、大いなる遺産として、これからも英国で引き継がれていくのだろう。

A
  • aqueduct 水道橋

    都市の繁栄に水は欠かせない。上水道と下水道を分けたことは、衛生面で大きな意味があった。 写真は、スペインのタホ川にかかる水道橋。

  • abacus そろばん
  • amphitheatre 円形劇場[闘技場]
    もっとも良く知られるのはローマのシンボル的象徴、コロッセオ。
  • arcades アーケード
B
  • bath 風呂

    イングランド南西にある、その名も「Bath」という町を例にとるまでもなく、ローマ人の風呂好きは有名。ハドリアヌスの長壁沿いにある要塞にも、浴場跡がしばしば見られる。グレート・ブリテン島の寒冷な気候の中、風呂がローマ人に与えた安息の時間はきわめて貴重だったと想像できる。

  • benefits for the poor 福祉手当
  • board games ボードゲーム
  • bricks れんが
  • bridges
C
  • calendar カレンダー
    現在、用いられているグレゴリオ暦は、ユリウス暦を改暦したもの。地球が太陽の周りを回る周期を基にして作られた、太陽暦の一種であるこのユリウス暦を制定したのがガイウス・ユリウス・カエサル(シーザー)。紀元前45年1月1日から実施された。
  • cat ネコ
D
  • diseases like Cholera,typhoid コレラや腸チフスなどの伝染病
E
  • emperor 皇帝
    © Andrew Bossi

    広く名の知れた皇帝の代表格といえる、ガイウス・ユリウス・カエサル(シーザー)。

F
  • fort 要塞
  • firemen 消防士
  • fruit (apples、grapes、 pears) リンゴ、ブドウ、ナシなどの果物
G
  • glass making ガラスの製造技術
H
  • hypocaust (古代ローマの)床下暖房

    ハドリアヌスの長壁沿いにある、チェスターズ・ローマン・フォート遺跡で見つかった、床下暖房の跡。

  • herbal teas, treatment ハーブ・ティー、トリートメント
I
  • ironmongery for weapons + tools鉄製の武器や工具を作る技術
J
  • jewellery ブローチや指輪といった装身具(宝石)

    ローマ時代の宝物が、グレート・ブリテン島の各地でいまだに発掘されることがある。写真は、サフォークで発見されたもの(大英博物館蔵)。なお、農地で見つかった場合、利益は、発見者と農場所有者が折半するのが一般的。

  • jars for storage (pottery) 陶製ジャー
K
  • kilns for pottery 焼物用かま、炉

    写真は、一時期、ローマの支配下にあった、リビアで発掘されたかまの跡。

L
  • latin ラテン語
  • laws 法律
  • lyre リラ、たて琴
M
  • milestone マイル標石、千里塚
    英国内で見られるマイルストーン(千里塚)© Robert Caldicott

    ローマから文字通り四方八方へと建設された道路には、ローマン・マイル(約0.9マイル)を用いたマイルストーンが道路標識がわりに置かれた。ちなみに、マイルは「mil(千)」からきており、兵士の2歩ワンセットを「ステップ」として、1000ステップ=1ローマン・マイルと定められた。

  • make-up 化粧
  • mosaic モザイク、寄せ木細工

    各地のローマ遺跡で見つかるモザイク画。写真は、バースで発見されたもの。

  • mortar モルタル、しっくい
N
  • nettles イラクサ
    © Michael Gasperl

    イラクサ属の総称、全体にとげがある

O
  • olives オリーブ
  • olive oil オリーブ・オイル
P
  • Plebs 平民
    2013年当時のこと。保守党議員でキャメロン首相の側近のひとりだったアンドリュー・ミッチェル氏が、ダウニング街から自転車で帰ろうとした際、車両用の門を開けるよう要求したものの警護の警察官に拒否されて立腹。「この平民め(Pleb!)」と悪態をついたとして大問題になり、ミッチェル氏は、下院院内幹事長職からの辞任に追い込まれた。この騒動は「Plebgate」と呼ばれるに至ったが、「平民」という言葉を初めて耳にした庶民も少なくなかった!?
  • pavements 舗装道路
  • public libraries 図書館
  • policemen 警察官
Q
  • (stone)Quarrying 採石、石切り
R
  • roads
  • races 競走
  • religion+festivals 宗教祭
S
  • salary 給料

    古代ローマで兵士に塩を買うための金を与えたことから、ラテン語で「salt」(塩)を意味する言葉が「給料」の語源となった。

  • sculptures 彫像
  • sewage system 下水道
T
  • toilets トイレ

    ローマ時代、兵士たちのトイレは個室式ではなく、部屋にずらりと「簡易便座」が並んでいた。その下には下水道が通してあり、汚物はまとめて定められた場所へと流れていくようになっていた。写真は、ハドリアヌスの長壁沿いのバードズウォルドのビジター・センターに展示されている模型。

  • tax 税金
    これもローマ人か!余計なことを、と言いたくもなる。
  • towns
  • turnips ターニップ
V
  • vino ワイン
  • vegetables ニンジン、キャベツ、ネギなどの野菜。
W
  • wall

    写真は、石を積み上げて造ったハドリアヌスの長壁。122年に視察のため、グレート・ブリテン島を訪れたハドリアヌス帝が、同島北部で激しく抵抗を続けるケルト系部族の南下を阻止するために作らせた。長さ約120キロ、幅およそ2.5メートル、場所によっては高さ6メートルに達した。

  • wall paintings 壁画
  • weights and measures 重りと秤
  • woollen cloth 毛織物
おまけ
  • Caesar salad シーザー・サラダ

    1924年、米国との国境に近いメキシコの町・ティフアナ (Tijuana) のレストラン、「シーザーズ・プレイス」(Caesar's Place)のオーナーが作ったのが始まり。このオーナーはイタリア系移民で、名をシーザー(チェザーレ)・カルディーニ(Caesar Cardini)といった。ロメインレタスの上にガーリック、塩・コショウ、レモン汁、オリーブオイルからなるシーザードレッシングをかけたものがオリジナルとされる。ローマ帝国のガイウス・ユリウス・カエサル(シーザー)とは関係ナシ!

  • Caesarian 帝王切開
    ガイウス・ユリウス・カエサル(シーザー)が、この開腹手術によって生まれたと言い伝えられる。 しかし、もともとの語源となったラテン語の「sectio caesarea」という言葉に含まれる「caesarea」は 本来「切る」と言う意味の単語。ただ、「sectio」にも「切る」という意味があることから、同じ意味を持つ単語が重複することになり、 翻訳時に「caesarea」を「カエサルの」と『誤解』したという説もある。

週刊ジャーニー No.1231(2022年3月17日)掲載