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徳川るり子の細腕感情記Ⅱ

2016年9月15日

何ゆえ、英国では「チップ」の習慣がございますの?


徳川るり子

愛するお父様へ

前文お許しくださいませ。

お父様、お変わりございませんでしょうか? 早いもので、わたくしが英国にまいりましてから、丸2年が経ちました。それでも日々、新鮮な驚きや感心することなど(腹立たしいことも多々ございますが)の連続です。英国は本当に奥深い国で、まったく興味が尽きません。日本に本帰国するのは、まだまだ先のこととなりそうです…。

さて、本日もまたひとつ発見したことをご報告いたしますね。

欧米での生活におきまして、わたくしたち日本人が頭を悩ますもののひとつが、「チップ」の習慣です。日本ではあまり馴染みのない習慣ですので、どのようにお渡しするべきか、いくらが適当なのか…と、戸惑ってしまうことが少なくございません。レストランで友人と食事を楽しんだ後、テーブルに運ばれてきたレシートの金額にサービス料があらかじめ含まれておりますと、思わずホッと胸を撫で下ろしてしまう次第です。

それにしましても、このチップという制度は一体どのようにして生まれたのでしょう? 好奇心がわき、調べてみることにいたしました。

さまざまな資料をあたってみましたところ、英国でのチップの起源には諸説あるようです。その中でもっとも有力とされている、300年以上の歴史を持つ老舗の紅茶専門店「トワイニング」を発祥とする説をご紹介いたします。

1706年、ロンドンのストランド地区に、トーマス・トワイニング氏がコーヒーハウスを開店しました。当時の主な飲み物といえばコーヒー、エール、ジンでしたが、同店は紅茶も提供する珍しい場所だったそうです。近いうちに紅茶ブームがやって来ると考えたトワイニング氏は、やがてコーヒーハウスの隣にロンドン初となる紅茶専門店をオープン。この勘が見事に的中し、瞬く間に人気店となりました。しかし、人気の秘訣は唯一の紅茶専門店であるというだけでなく、その革新的なサービスのおかげでもあったようです。同店は女性の来店も歓迎しており、コーヒーハウスといえば男性しか入店できなかった当時の概念を覆した店なのだとか。

こうしたトワイニング氏の斬新なアイディアは、最初にオープンしたコーヒーハウスにも見られます。そのひとつが、サービスを迅速に受けたい人のために設けられた「木箱」です。同店のドアの近くには「T.I.P.」と書かれた木箱が置かれていたそうで、これは「To Insure Promptness(迅速なサービスを保証します)」という意味でした。この木箱にコインを入れたときに響く「カランカラン」という音を合図に、優先的に給仕してもらえる仕組みだったようです。急いでいる人には、とても嬉しいサービスですね。チップの制度は、この木箱に由来するという説が、英国ではよく知られているようでした。

コインを多めに渡すことによって、優先的なサービスを受ける権利が得られた時代から300年以上が経過し、現在は丁寧なサービスに対する感謝や心づけといった意味に変化したチップ。長い歴史を持つ習慣ですので、わたくしも早く慣れたいものです…。それでは今日はこのへんで。お母様にもよろしくお伝えくださいませませ。

かしこ
平成28年9月12日 るり子


とくがわ・るりこ◆ 横浜生まれのお嬢様。名門聖エリザベス女学院卒。元華族出身の25歳。あまりに甘やかされ過ぎたため、きわめてワガママかつ勝気、しかも好奇心(ヤジ馬根性)旺盛。その性格の矯正を画する父君の命により渡英。在英2年。ホームステイをしながら英語学校に通学中。『細腕感情記』(平成6年3月~平成13年1月連載)の筆者・徳川きりこ嬢の姪。