野田秀樹新作舞台 NODA•MAP「正三角関係」世界配信決定
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ジェームズ・ボンドを生んだ作家 イアン・フレミング【後編】
© Getty Images

〈前編のあらすじ〉伝統や秩序に縛られることを嫌い、また過干渉な母と優秀な兄へのストレスから多くの女性と「カジュアルな関係」を楽しんでいたフレミング。ロイター通信社にコネ入社するも、母の説得に負けて家業の銀行マンに転職。その不満や鬱憤から女遊びは激しくなり、ギャンブルや豪遊に明け暮れるようになる。そうした中で第二次世界大戦が勃発、国の機密情報を扱う英海軍諜報部に勤務することになり…。25作目となるシリーズ最新作「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(No Time to Die)」の映画公開を記念し、自身をモデルにしたと言われるスパイ、ジェームズ・ボンド誕生の秘密に迫る。

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

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諜報部員として大活躍

ジェームズ・ボンドの上司「M」のモデルになったと言われる海軍諜報部の部長、ジョン・ゴドフリー提督の私設秘書に抜擢されたフレミングは、自慢の想像力と計画力、情報収集力、伝達力、そして何より語学力を存分に振るいながら、これまでの怠惰な生活が嘘のように活き活きと様々なスパイ活動を企てていった。

ボンドのように実際に現地に赴いて任務を行うスパイ(secret agent)ではなかったものの、指揮官として諜報部隊を統括。たとえば、サンデー・タイムズ紙の海外特派員になりすましたスパイ部隊を情報収集のために諸外国へ送り込んだり、「30AU(30 Assault Unit)」(通称レッド・インディアンズ、設立当初30人だったが終戦時には450人になっていた)と呼ばれる、金庫破りや錠前破り、盗聴などを専門とする奇襲補助部隊をまとめたりした。とくに、この「30AU」は第二次世界大戦において大活躍し、結果的に英連合軍を勝利に導いた「D--Day」でも多大な貢献を果たしている。この時に企てた陰謀や特別任務は小説の中に散りばめられており、諜報部員としての経験なしにボンド小説は生まれ得なかったと言っていいだろう。

ほかにも、フレミングが考案した任務は直前で決行が中止されたものも含めて多数あり、ナチスドイツのコードブック(暗号解読本)を盗むための特別任務「Operation Ruthless」(ドイツ軍の戦闘機を海上に撃ち落とし、負傷したように見せかけた偽ドイツ兵の諜報部員をもぐり込ませた後、救助にやってきた掃海挺のドイツ兵を皆殺しにして軍艦内にあるコードブックを盗む作戦)、スペインが英国の敵側として参戦した場合に英領ジブラルタルを封鎖する作戦「Operation Goldeneye」などが有名だ。映画17作目の「ゴールデンアイ」は同作戦をもとにストーリーがつくられており、フレミングが全シリーズを書き上げたジャマイカの別荘にもこの名前がつけられている。

© Michael Coppins
ホースガーズパレードの隣に建つ、旧英海軍本部。この中に諜報部(Naval Intelligence Division)も設けられていた。
© Laurie Nevay
通称MI6で知られる、現在の英秘密情報部(Secret Intelligence Service/SIS)の建物。映画「007/スカイフォール」では爆破されるシーンが話題となった。
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愛憎に満ちた関係

さて1945年に終戦を迎えると、当然ながら諜報部での仕事もなくなってしまった。フレミングはサンデー・タイムズ紙の親会社であるケムスリー新聞社(Kemsley Newspapers)へ転職し、国際欄の担当部長として世界中に派遣されている約80名の海外特派員たちの取りまとめ役となるものの、以前の刺激あふれる諜報部員生活が忘れられない。あの時の経験を記録に残したい…。決行されなかった作戦が遂行されていたら、一体どうなっていたのか…。想像はふくらみ、フレミングは友人たちへ向かって宣言した。

「これまでのスパイ小説の息の根を止めるようなスパイ小説を書く!」

こうして彼がなりたかった完成形の自分=ジェームズ・ボンドが生まれることとなる。

ボンド作品にはミステリアスで魅力的な美女(通称ボンドガール)が毎回登場するが、彼女たちにはフレミングの好みが強く反映されており、彼自身の奔放な女性関係がもとになっていることは間違いないが、その中でもフレミングに大きな影響を与えた女性が、のちに妻となる5歳下のアンだ。

© Daily Mail
10年以上の不倫の末、結婚した妻のアン。ボンドガールとして映画に出てきそうな、フレミング好みのミステリアスな美女。

出会った当時、アンは男爵夫人で人妻だった。「恋多き女」であるアンには夫以外に数人の恋人がおり、そのうちのひとりがデイリー・メール紙のオーナー、ロザミア子爵。フレミングの友人でもあった。やがてフレミング自身もアンと不倫関係に発展したが、友人も含めた四角関係に多少嫉妬することはあっても、身を焦がして自滅することはなく、むしろそのスリリング感を楽しんで利用していた。結局、しびれを切らして相手を独占したくなったのはアンのほうで、夫が戦死すると、フレミングにこう伝える。

「貴方と結婚しても構わないわ」

ところが、フレミングはその必要性をまったく感じておらず、仕方なく彼女はロザミア子爵と再婚。しかしその後も関係は続いた。2人の間柄は非常に情熱的かつ特殊で、激しくぶつかり合っては離れ、また強く引き寄せ合うという愛憎に満ち、精神的のみならず肉体的にもサディズムおよびマゾヒズム的な性的嗜好を持って傷つけ合うことで愛情を感じていたとされる。

2人が結婚に至ったのは10余年後、アンがフレミングとの第2子(第1子は生後間もなく逝去)を妊娠した1952年のこと。前年に夫との離婚が成立していた。結婚という契約をできる限り遠ざけてきたフレミングも、ついに観念してジャマイカで挙式。その結婚直前に完成させたのが、前編の冒頭に登場した最初のボンド小説「カジノ・ロワイヤル」だ。

フレミングは結婚を決めた際、友人に「俺たちは2人とも双子座で相性がいい訳ないんだよ。俺は社交的じゃないし、暗くて明日のことしか考えてない。アンは快活で伝統主義者。大ゲンカするに決まってるんだ。でも2人とも楽天的だから、なんとか続くとは思うけどね」と語っている。だが予想に反して蜜月期間は短く、子どもが生まれるとすぐに別居状態となり、互いに愛人をつくるようになった。

今も生き続けるヒーロー

フレミングはケムスリー新聞社と年間2ヵ月の休暇をとる契約を交わしており、クリスマス期間を終えると底冷えするロンドンを離れ、毎年1~2月にかけてジャマイカの別荘に滞在。そこで年1冊のペースで007シリーズを書き上げた。午前中に集中して執筆し、午後はペンを休めて徹底的にリゾートライフを満喫する――それがフレミングの作家としてのスタイルであった。

毎日の美食・深酒に加え、1日50~70本の喫煙という不摂生な生活は、人生を楽しくはしても長くはせず、1961年に心臓発作を起こして倒れてしまう。その後も体調不良のまま、3年後に再び発作を起こしたフレミングは56歳であっさりと世を去った。

来年は「カジノ・ロワイヤル」刊行からちょうど70周年。フレミングが残した14の小説や短編のほか、エッセーや諜報部員時代に携わった任務などからヒントを得て、彼の「夢のヒーロー」が活躍する007シリーズは今も絶え間なく新作が生み出され続けている。

9月30日いよいよ公開!シリーズ最新作「007 No Time to Die」

俳優ダニエル・クレイグが演じる6代目ジェームズ・ボンドは、本作が最後にして集大成。監督は日系米国人キャリー・フクナガ氏、主題歌はビリー・アイリッシュが担当している。

今回はジャマイカが舞台。製作者は「ジャマイカは原作者であるイアン・フレミングが執筆の拠点とし、『ジェームズ・ボンド』を生み出した場であり、007にとっては聖地。記念すべき25作目でここへ戻ってくることができて感慨深い」と話している。

【あらすじ】現役を引退し、ジャマイカでのんびりと暮らすボンドのもとに、CIAの旧友が助けを求める。誘拐された科学者を救出してほしいと依頼を受け、諜報員に復帰したボンドは、危険な最新技術を駆使する謎の強敵を追うことになり…。ボンド史上最強とされる敵役は、映画「ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリーを演じた俳優ラミ・マレック。

週刊ジャーニー No.1206(2021年9月16日)掲載