2009年11月5日 No.599

●サバイバー●取材・執筆・写真/名取由恵・本誌編集部


スティルトン

徹底解剖


 

世界3大ブルーチーズのひとつとして、
英国が誇る「スティルトン」――。
その風味は、「初老の男だけが1杯のポルト・ワインと
スティルトンを味わう楽しみを知っている」と喩えられ、
濃厚なコクと刺激的な味が特徴だ。
しかし、その強烈な風味から「臭い、しつこい、気持ち悪い」
と敬遠してしまう日本人も少なくないだろう。
今月は、そんな先入観をとりはらう、
スティルトンの奥深い世界に迫る。

 

(写真上)'Howard Lucas, Production Manager, Cropwell Bishop' ©Cropwell Bishop

 

 「英国にいるからには世界三大ブルーチーズに数えられるスティルトン(Stilton)の製造工場を訪れ、スティルトン・チーズのすべてを徹底取材するべし!」
スティルトン好きの編集長から命令が下った。
 確かにスティルトンといえば、英国を代表するブルーチーズ(青カビチーズ)で、ゴルゴンゾーラ(Gorgonzola)、ロックフォール(Roquefort)と共に世界三大ブルーチーズとしても有名だ。エリザベス女王の大好物でもあり、毎日欠かさず召し上がっているとか。英国ではクリスマスにスティルトンをポルト・ワインと共に楽しむのが伝統的で、クリスマス前になると店先にずらりとスティルトンが並ぶ。スティルトンをテーマに特集を組むのはきわめて道理にかなっている。
 しかし、スティルトンはマーマイトよろしく『Love or Hate(大好きか大嫌いか)』がはっきり分かれる食べ物のひとつでもある。筆者自身、スティルトンに関しては、とにかく臭い、「しばらく風呂に入ってない人の脇の下、あるいは足の匂い」と匹敵するほどの強烈な匂いとクセのある味を持つチーズ、というイメージしか持っておらず、まともに買って食べてみたことがなかった。まして、青カビが生えたものを食すなんてとんでもない、工場取材にいくということは、そこで試食をしなくてはいけないのか……というのが率直なところだった。
 初秋のある日、足取りも重く、ノッティンガムシャーにある老舗スティルトン製造工場「コルストン・バセット・デアリー」を訪れた。ところがだ。ここでスティルトンを試食した途端、スティルトンに対して抱いていた先入観は見事に吹っ飛んでしまった。匂いがきついのは否めない。しかし、熟成室に並ぶスティルトンの一片を口に含んだ瞬間、口のなかにクリームのような濃厚な味わいが広がった。
 「美味い!」
 マイルドな塩加減とねっとりとした食感、ぴりっとした刺激と深いコク。これまで想像していたスティルトンの味とは全く違う。その独特の匂いも、この深い味わいを出すにはしごく当然と感じられるのには驚きだった。取材中に熟成期間や材料が微妙に異なるいろいろな種類のスティルトンを試食させてもらったが、驚くほど飽きが来ないし、逆に青カビの食欲を増す刺激がクセになりそうなほどだった。取材後、工場の隣接する直営店で、自分用のスティルトンをしっかり購入したのは言うまでもない。
 筆者は帰路、スティルトンに『先入観』を抱いていたことを反省。やはり食わず嫌いではいけない。我々日本人だって、納豆という臭~い発酵食品を食べているではないか!「臭い、ねばねば糸を引く、腐っている」と納豆を嫌う外国人を笑っている場合ではないのだ。
 『Love or Hate』、あなたはスティルトンを愛すか、嫌うのか――。まずは、今回のスティルトン特集をご一読いただき、スティルトンを食べて、確かめてみていただきたい。


 

◆◇◆ 英国が誇るチーズ スティルトン ◆◇◆


 


 スティルトンは牛乳を原料とし、青カビを加えて熟成させるブルーチーズの一種である。英国を原産地とし、生産量は毎年百万個以上といわれ、そのうちのおよそ10%が日本を含む世界40ヵ国に輸出されている。
 円筒状で直径およそ20センチ、高さ25―30センチ、重さ5―8キロ。表皮は茶色から灰色がかった色、という形状だ。乳脂肪分は乾燥成分の48―55%と、チェダーチーズよりも高めで、熟成期間は8週間から15週間、さらに6ヵ月程かけてじっくり熟成させたものもある。7.5キロ分のスティルトンを作るのに、およ16ガロン(約72リットル)もの牛乳が必要とされる。
 スティルトンは、「PDO=Protected Designation of Origin」という欧州連合(EU)で規定された「原産地名称保護制度」によって、生産地が限定されている。この制度は、伝統や地域に根ざした特有の食品などの品質認証のために、1992年に制定されたものだ。
 これにより、スティルトンは英中部のダービシャー、レスターシャー、ノッティンガムシャーの3県で生産されたものに限定されており、厳格な規定に従って作られたものにのみ「スティルトン」の呼称が与えられている。そのため、スティルトン発祥の地といわれ、その名前の起源となったスティルトン村は、ケンブリッジシャー(以前はハンティンドンシャー)に属することから、法律上スティルトンを作ることができない、という皮肉な結果になっている。
 現在、スティルトンを作ることを認可された製造所はわずか6ヵ所。そのうちの5つが、スティルトン生産の本拠地とされるベルボア谷(レスターシャーとノッティンガムシャーの境界にある)に位置する。スーパーやチーズ専門店でスティルトンを購入すると、そのパッケージや商品の但し書きにはPDOの認証と、6ヵ所の製造所のうちどこで製造されたものか記されているので、確かめてみよう。

●Colston Bassett Dairy コルストン・バセット・デアリー
1913年に共同組合として創業、現在も当時と同じ農場から納品される牛乳を使って、スティルトンを生産している。6つの製造工場のなかで規模は4番目。
●Cropwell Bishop クロップウェル・ビショップ
ノッティンガムシャーとレスターシャーの境に位置する。1847年創業、家族経営でこじんまりとしているが、施設も技術も完全に近代化されている。3番目に大きい。
●Long Clawson Dairy ロング・クローソン・デアリー 1911年創業、英国内で最も歴史があり、成功した共同組合のひとつ。レスターシャーのベルボア谷に位置する。6つのなかで最大規模を誇る。
●Quenby Hall クウェンビー・ホール
18世紀に始まったスティルトン人気は、ここで製造されていたブルーチーズがスティルトン村で販売されるようになったのがきっかけといわれる。2005年から再び当地でスティルトンを製造開始。6つのなかで最も新しい製造所。
●Tuxford & Tebbutt Creamery タックスフォード&ティバット・クリーマリ
ー1780年創業当時はスティルトンチーズとポークパイを製造していたが、1966年からチーズ作り一本に専念するようになった。2番目に規模が大きい。
●Websters ウェブスターズ
レスターシャーの小さな村にある、17世紀のコテージを改造したチーズ製造所。ス ティルトン製造所のなかで最も規模が小さく、従業員も小人数だが、ひとつひとつ 手作りでスティルトンを作り上げている。

 

 スティルトンの定義 

3つの県で生産された、殺菌処理済みの牛乳だけから作られること
伝統的な円筒形であること
それ自身の外殻あるいは皮を形成していること
圧縮されていないこと
中心から放射状に出る繊細な青いマーブル模様を呈していること
スティルトンに特有な味の特性を持っていること