○●○ 救世主、ディケンズ ○●○ 

 

  そのような中、1862年の8月、ホームの歴史に神風を吹き込んだのが、一人の英作家だった。チャールズ・ディケンズである。ディケンズは1860年代、英国のみならず、英語圏で最も売れっ子の作家となっていた。また、彼は散歩中に怪我をした際に、嵐の中ずっと付き添い続けてくれた犬たちを溺愛するなど、大の愛犬家として知られていた。その彼がホームを訪れ、献身的なスタッフへの評価など、施設存続の意義を称える記事を、彼が発行していた雑誌「All The Year Round」に掲載したのである。
 ディケンズの記事は大きな反響を呼んだ。それは、タイムズ紙の記事とは違い、もちろん好意にあふれたものだった。ホームを「得体の知れない、奇妙な存在」にとらえていた人々の反応も、「ディケンズが認めるのだから、きっと価値あるものに違いない」という認識に変化してきたのである。 ディケンズの記事は、多額の寄付に値した。それ以降、滞っていた水がどっと流れ出すように、ホームの経営も軌道に乗り始めた。
 資金繰りもスムーズになり、1863年には、立ち退きを迫られていたホームの建物の買い取りに成功。翌年には1年に2066匹を引き取れるまでに成長し、ウエストミンスター、チェルシー、べスナル・グリーンの3ヵ所に犬の引取り所も建設された。経営が安定する中で借金もなくなり、懸念事項だった増築、衛生管理にも資金を投入できるようになる。メアリーもそれを見届け、ほっと胸をなでおろしたことだろう。
 ディケンズの記事はホームにとってまさしく幸運のプレゼントだった。しかし、それを得るにいたったのは、メアリーらが誠実な情熱を注ぎ続けたからこそでもある。

 

ホームの一大サポーター
チャールズ・ディケンズ
 英ヴィクトリア朝を代表する小説家、チャールズ・ディケンズCharles Dickens(1812~70年)は、本文中でも紹介した通り、危機的状況にあったホームをサポートする記事を書き、メアリーらに光を与えた。
 1812年にポーツマスの中流家庭に生まれるが、12歳の時に彼の父親が借金の不払いにより投獄された。そのため、靴墨工場でむごいあしらいを受けながら働かされるという、苦難の少年時代を送る。
 やがて、法律事務所で助手を務めた後、速記法を学び、新聞や雑誌のジャーナリストとして活動するようになる。1833年、雑誌「マンスリー・マガジン」に、初の短編(投稿エッセイ)を発表。これは後の1836年に作品集『ボズのスケッチ集(Sketches by Boz)』として出版された。また、同年に結婚し、10人の子宝に恵まれた(ただし、この結婚生活は後に破綻)。
 その後も『オリバー・ツイスト』(1837~39年)、『クリスマス・キャロル』(1843年)、『デイヴィッド・コパーフィールド』(1849~50年)、『荒涼館』(1852~53年)、『二都物語』(1859年)、『大いなる遺産』(1860~61年)など多くの名作を残す。1870年に推理長編『エドウィン・ドルードの謎』の執筆を開始するが、完成予定の12章のうち6章を書き上げたところで、未完のまま58歳で急逝した。

 

○●○ 受け継がれる魂 ○●○ 

 

 
保護した犬の数、寄付者の名簿などを記した、1861年発行の年間報告書
 しかし1864年、メアリーは徐々に施設やミーティングに足を運ぶことが少なくなる。彼女はがんに侵されていた。翌年には歩くこともできなくなってしまったが、それでもミーティングに自分の意見を記した手紙を送っては、できる限りの参加を続けた。
 1865年10月3日死去、享年64。
 彼女が亡くなったことを取り上げたのは、地方の新聞だけだった。その短い記事にも、彼女の墓にも、彼女がホームの創始者であることは記されていない。彼女が創始者であることがはっきり確認できるのは、「彼女の功績が忘れられることのないように」と1980年代までホームの年間報告書に書かれた「この施設の創始者であり、不屈の精神を持った恩人、イズリントンのミセス・ティールビーに捧ぐ」とい
1871年、バタシーに移転した施設
う一文のみである。当時はそれだけまだまだ世には知られない施設に過ぎなかったのである。
 その後、ホームは1871年に現在のテムズ河南岸のバタシーに移転。ヴィクトリア女王(後にエリザベス女王も)がパトロンとなり、1883年には猫の受け入れも開始。2つの世界大戦も乗り越え、「バタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム」として現在に至る。
 ごく普通の女性がキッチンの一画から始めた小さな取り組みは、今や世界各地で理想的な動物保護施設のモデルとされている。150年もの間に、ここまでの成長を遂げるとは、メアリーも想像していなかったに違いない。
 ただ、この施設が存在し続けることは、逆に言えば飼い主を失った犬や猫たちが存在し続けるということでもある。この施設がなくとも、犬や猫たちが家族の一員として温かく迎えられ、幸せに暮らしていけることが理想だ。その理想に向け、多くの犬たちを救った彼女の魂は、これからも時代を越えて受け継がれていくことだろう。