

映画やテレビドラマ、あるいは小説などでしばしばテーマとして取り上げられる臓器移植(organ transplant)。
先日、ノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロ氏の話題作『わたしを離さないで』も臓器移植がテーマだった。
自力では回復が見込めない患者にとって最終手段といえる治療法だが、臓器を提供する「ドナー(donor)」の存在なしには成立しない。
今号では、臓器移植ドナーに関する基本の基本についてお届けすることにしたい。
先日、ノーベル文学賞に輝いたカズオ・イシグロ氏の話題作『わたしを離さないで』も臓器移植がテーマだった。
自力では回復が見込めない患者にとって最終手段といえる治療法だが、臓器を提供する「ドナー(donor)」の存在なしには成立しない。
今号では、臓器移植ドナーに関する基本の基本についてお届けすることにしたい。
●サバイバー●取材・執筆/名越 美千代・本誌編集部
All images, unless stated otherwise, kindly supplied courtesy and copyright of NHSBT
臓器移植と臓器提供
時事ニュースのみならず、映画やTVドラマなどのフィクションの世界でも、臓器移植という言葉を見聞きする時代となった。臓器移植とは、重い病気や事故などで体の一部の機能が低下して、移植によってしか治療ができない患者のために、亡くなった人の体から臓器の提供(organ donation)を受けて行う医療だ(生存している人から臓器移植を受ける生体移植=下記Q&A内Q6参照=もある)。臓器を受け取る側はレシピエント(recipient)、提供する側はドナー(donor)と呼ばれる(臓器のドナー登録はNHSが担当)。もう亡くなっているとはいえ、人間の体の一部を提供するわけであり、人々の善意によってしか成り立たない医療と言えるだろう。
なお、死後に自分の体を誰かの役に立てたいと考える時の選択肢には、臓器提供とは別に献体(body donation)がある。献体は、医学の教育や発展のための解剖対象として遺体が提供されるもので、臓器提供とは条件も登録機関も異なる。例えば、英国では臓器提供後の遺体は献体として受け入れられないことが多く、献体を受け付ける団体を総合的に管理しているのは「Human Tissue Authority(人体組織局)」となっている。
今回の特集では、献体ではなく、英国における移植のための臓器提供について、NHSの情報ページをもとに基本的な事柄を紹介することを、先にお断りしておきたい。
世界的に不足している臓器
英国における臓器移植の症例数の推移
※過去5年の比較(生体移植は除く/資料はNHS提供)日本の場合、脳死時の臓器移植がまだまだ活発ではなく、海外へ臓器移植の可能性を求める患者も少なからずいるために諸外国からひんしゅくを買うこともあるようだ。臓器提供に関する制約を緩めることで国内での臓器移植数を増やそうと、日本では2010年に臓器移植法が改正され、15歳未満の子どもも含め、本人の臓器提供に関する意思が不明な場合でも家族の承諾のみで脳死下の臓器提供が行えるようになった。
英国でも移植のための臓器については、恒常的な不足が続いている。臓器移植を待ち望んでいる患者の数は現在6500人以上を数え、昨年は子ども14人を含む457人が、適合する臓器が見つからないままに亡くなったとされる。
移植臓器の不足問題を解消するため、テリーザ・メイ首相は今秋の保守党党大会で 、臓器提供拒否の意思表示を登録していない限り、死後に臓器ドナーとなることを承認しているとみなすという、臓器提供の可能性を広げる制度の導入を検討することを明言した(下記Q&A内Q10参照)。
メイ首相の進退問題やブレグジットなどの他の大きな議題の陰に隠れてはいるものの、メイ首相が打ち出したこの方針に移植の日を待ちわびる患者は希望の光を見出したことだろう。
臓器提供が求められる理由
NHSの臓器提供ウェブサイトでは、 (1)人の命を救える臓器は足りず、臓器提供登録者がさらに必要とされている、 (2)ドナー一人の臓器は最大9人に役立てることができる、(3)活かせるはずの臓器が無駄にされる一方で、臓器提供が受けられずに失われる命がある、(4)持病があっても、使える臓器はある(例えば、失明者の視力回復)、(5) あなたが最後に誰かの人生を助けたということが、残された遺族に誇りを与える―という5つの理由を掲げて、ドナー登録への協力を広く訴えている。また、「家族の誰かが臓器移植を必要としていたら、あなたは臓器提供を受け入れますか? 『イエス』と答える場合、あなたも誰かの命を救うために臓器を提供できるのでは?』と、互恵的な見地からも呼びかけている。
臓器提供の承認や拒否に正解はない
まだまだ数は足りないとはいえ、過去5年間で臓器提供登録者は 490万人も増え、国民の約36パーセントに当たる2360万6千人に達したと報告されている。おかげで、移植手術数も過去5年間で20パーセントも増加。これには、有名人によるドナー登録への呼びかけや、亡くなった家族の臓器を提供した一般の人々の美談をメディアが精力的に報じていることも一役買っていると思われる。運転免許証などの申請時にドナー登録の意思も合わせて尋ねる仕組みにして、一人でも多く、ドナー登録について知ってもらおうとする動きもある。
ただ、遺体に対する考え方はひとそれぞれ、大きく異なる。キツネ好きを自認する英女優のジョアンナ・ラムリーさんは、今年5月に臓器提供の意思を公表した際に「使える臓器を摘出した後の残りはキツネの餌にしていい」と付け加えて、人々を驚かせた。ここまでこだわりのない人は珍しいだろう。
一般的には遺体は厳かなものとして捉えられているし、脳死を死と捉えられない人も、自分の肉体にメスが入れられることに拒否反応を示す人もいるだろう。臓器移植制度や医者・病院をそもそも信用できないという人もいるかもしれない。臓器提供の承認は本当に納得いかない限り、できないことだ。
この特集は決して、臓器提供のドナー登録を、すべての人に無条件に推奨することを目的としたものではない。ドナーの数がまだまだ不足している現状、本人がドナー登録をしていても遺族の反対で覆ることも多いため、生前に家族と話し合っておくことがとても大切であることなど、一般的な情報を知ってもらいたいと考えたのが出発点だ。臓器移植や臓器提供について考える、ちょっとしたきっかけとなればと思う。
臓器移植ドナーについての基礎的Q&A

Q1 年齢制限は?赤ちゃんでもドナーになれる?
● 逆に、子どもから大人への移植も可能だ。英国では2015年に、生後74分で亡くなった赤ちゃんの腎臓を成人女性に移植した例がある。ヘーゼルナッツほどの大きさだった腎臓は移植後に急速に成長し、2年後には成人の腎臓の大きさになったと報告されている。
● 高齢者の場合は 臓器によっては年齢制限が設けられているものもある。例えば、角膜は80歳未満、心臓弁や腱は60歳未満などという具合だ。骨や皮膚組織には年齢制限はない。移植しても大丈夫かどうか、ケース・バイ・ケースで専門医が判断するので、とりあえずの登録が求められている。
●2012年には、83歳の男性が存命中に腎臓のひとつを見知らぬ人に提供した(生体移植)ケースが報じられている。この時の取材で男性は「私の腎臓は40代並みに機能していると医者に褒められた」と話していたという。
Q2 不健康だとダメ?
A 持病の種類と程度にもよるが、どの臓器が使えて、どの臓器がダメかということを専門家が病歴から最終的に判断する。移植が不可能という病気は少ないと言われている(絶対に臓器提供ができないとされるのはクロイツフェルト・ヤコブ病)。●HIVや肝炎のように感染する可能性の高いものについてはしっかりと検査が行われ、例えばHIV患者間の臓器移植が検討されることもある。また、ガン患者からの臓器提供も安全に行える可能性が高いとされ、これも医者が、臓器を必要としている人の緊急性とガン患者の臓器を使うことのリスクとのバランスを考慮して判断するという。
Q3 臓器提供の承認や拒否はあとから取り消せる?
A 登録済みの臓器提供の承認や拒否の変更はNHSのウェブサイトや電話で簡単にできる。Q4 人種や宗教は関係する?
A NHSのウェブサイトでは、主な宗教の中で臓器移植が教義に反するものはないとした上で、それぞれで所属する宗教団体に相談することを勧めている。● 人種によって体質や患いやすい病気が異なることから、様々な人種の登録が求められている。特に黒人やインド系、その他の民族的少数派の臓器提供が不足しているため、こうした 人々の移植への待ち時間は白人の患者よりも平均で1年長いという。また、血液や組織という点でも、同じ人種同士の方が適合しやすいとされる。
Q5 できるだけ多くの臓器を使って欲しい場合、どの臓器が対象になる?
●ひとりのドナーから最多の移植が行われたのは、2012年に脳動脈瘤で亡くなった13歳の少女の例で、 子ども5人を含む8人の患者に対して臓器移植が行われた。この移植では、心臓、膵臓、小腸はそれぞれ3人に、腎臓は2人に、両肺は1人に、そして肝臓は2人に切り分けられている。通常は平均で、ひとりの提供あたり2.6人分の移植が行われている計算になるという。
Q6 存命中にできることはある?
A 生きている人から健康上支障がない臓器を摘出して必要とする患者に移植することは生体移植(living organ transplant)と呼ばれる。提供者の健康と安全確保が第一で、第二に、提供相手に適しているものでなければならない。● 生存中に臓器提供できるものは、腎臓と肝臓。また、手術や出産時に剥がれ落ちる骨や羊膜なども提供できる。登録の詳細はこちらのページの「How To Make A Donation」から問い合わせができる。
https://www.organdonation.nhs.uk/faq/living-organ-donation
Q7 臓器提供が登録済みなら家族の承認は不要?
●ただし、病院は遺族にも同意を求めるし、遺族が強く反対すれば強制はできない。遺族の1割は、失った家族の臓器の提供を拒否するとされ、ドナーを希望した故人の意思に反する結果になることもあるという。悲しみに沈んでいる家族には冷静な決断を下すことは難しい。普段から、家族や友人に自分の意思をはっきりと伝え、よく理解してもらっておくことが大切だ。
Q8 臓器提供でお金はもらえる?
●臓器提供者のモチベーション作りのため、2011年に「 提供者の葬儀代を NHSが負担してはどうか」という案が出されたが、一般的に1500~5000ポンドほどかかるとされる葬儀代を浮かせようと、家族が病人や高齢者に圧力をかけるのではないかという心配や、臓器提供はあくまで他者を助けたいとの善意の気持ちからなされるべきだという考えから、実現は見送られている。
Q9 臓器摘出後は、きれいに縫合してもらえる?
A NHSのサイトによれば、遺体は専門担当者の管理のもと尊厳をもって大切に扱われ、臓器摘出後の傷口も、一般手術と同様にきれいに縫合されるとのこと。あとから棺を開けて家族や友人に顔を見てもらっても、まったくわからないので、葬儀の際も問題はないと説明されている。Q10 未登録者はドナー希望扱いになるオプト・アウト(opt-out)方式とは?
● ひと昔前までは、脳死時の臓器提供に同意する人が積極的にドナー登録を行う『オプト・イン』方式が主流だった。 臓器移植を待ち望む側からすれば登録者まかせの受け身の制度で、しかも、未登録者の脳死では本人の意思を確認できず、臓器移植の可能性をみすみす逃してしまう。
● これでは慢性的な臓器不足を解消できないとして考えられたのが、『オプト・アウト』方式。臓器提供拒否の意思表示がない限りは臓器提供に同意したものと自動的にみなすという点が『オプト・イン』方式との大きな違いだ。ゆえに、 臓器提供を望まない人は、拒否の意思をあらかじめ登録しておかなければならない。
● どちらの方式にも賛否両論があるのだが、『オプト・アウト』方式なら、生前に臓器提供について行動を起こしていなかった人が死亡した場合でも臓器を活用する道が開けることから、提供臓器数の増加が期待されている。
● 英国ではウェールズが2015年から既にオプト・アウト方式を取り入れており(ただし、遺族の反対があれば撤回できるという緩やかな方式)、スコットランドやイングランドも近い将来、ウェールズに続く見込みと推測される。
英国でのドナー登録は?

いざという時、病院は登録データから同意の確認をするが、家族にも念のため同意を求める。NHSでは、臓器提供について普段から家族と話し合い、自分の意思を家族にもきちんと伝えておくようにアドバイスしている。
また、同意や拒否の意思を含め、 登録内容はすべて同ウェブサイトで後から変更することができる。
臓器提供の登録はNHSのウェブサイトから。
https://www.organdonation.nhs.uk
週刊ジャーニー No.1008(2017年11月2日)掲載