2011年6月16日 No.681

取材・執筆・写真/本誌編集部

コッツウォルズの名もなき

フットパスを征く

 

英国における典型的なカントリーサイドを満喫したい、しかもロンドンから気軽に行ける場所が希望という場合に、名前がまず挙がるのはコッツウォルズだろう。ロンドンから車で2時間ほど、日帰りで十分の距離だ。カッスル・クームやチッピング・カムデン、ボートン・オン・ザ・ウォーターにバイブリーなど、点在する愛らしい村々を訪れ、お気に入りの場所を探すのもコッツウォルズの魅力を堪能する方法のひとつ。しかし今回は敢えて、少し違った楽しみ方を探ってみることにしたい。
 

地球5周分のフットパス

 英国には「rights of way」という言葉がある。法規上認められている、優先通行権のことをいう。この場合、対象となっている「道」は、しばしば私有地内を通るもので、一歩間違えば不法侵入に問われかねないのだが、「パブリック・フットパス(public footpath)」、つまり「公共」の遊歩道と名づけられ、野歩き、丘歩き、山歩きを楽しむ権利が人々に保障されている。


アドルストロップ村の郵便局。アイスクリームなども販売する雑貨店も兼ねているが、とにかく営業時間が短い! 月曜と金曜は4:00pm~5:00pm、木曜は9:30am~12:30pm&4:00pm~5:00pm、火・水・土・日曜は休み。水や食料はこの村に入る前に購入しておくことを強くお薦めする。
 こうした「rights of way」が認められている道は、英国全体で14万マイル(22万5300キロ)に及ぶ。地球を5周余りしてしまう膨大な距離だ。英国人の「ウォーク」好きを素直に反映した数字といえよう。
 『高慢と偏見』や『エマ』などで知られる、ジェーン・オースティンの小説のテレビドラマ化、映画化された作品を見ていても、何かというとすぐに「ウォーク」に出かけることに気づかれた方も多いのではないだろうか。まだ馬車が主要な移動手段だったという時代背景も、もちろん関係しているが、「ウォーク」は立派な娯楽といえた。また、時には深刻な話をしたり、あるいは男女のデートの代わりになったりと、英国人にとっては単なる運動にとどまらず、大切なコミュニケーションの場としての役割も果たす。さらには、この「ウォーク」は思索の上でも有効なようで、かのチャールズ・ダーウィンは、自邸の敷地内にある「サンドウォーク」と名づけられた小道を歩きながら進化論などについての思考を重ねたとされている。
 ところで、「歩く」という行為を表現する際、英語には「ウォーク」の他に「ランブル(ramble)」という単語がある。1935年に英国で設立された「ランブラーズ・アソシエーション the Ramblers' Association」は全国規模の組織で、「ランブラー」の権利を守るべく、フットパスが消滅したりしないよう、あるいは土地所有者の思惑により立ち入り禁止になったりしないよう、休むことなく活動を続けている。「ランブル」には、「ぶらつく、あちこち歩きまわる」という和訳があてられることが少なくないようだが、一般的な「ウォーク」(クリスマスの食事の後など、腹ごなしに近くの公園に行くような気軽な散歩も含む)に比べ、実は「ランブル」のほうが、真剣度が高いイメージがあるという。「ランブラー」といえば、趣味としてこの野外活動にいそしみ、ウォーキング・ブーツにリュックサック、手にはウォーキング・スティックと装備を整えて臨む人を想像して差し支えないようだ。
 近年、改めて「The Countryside and Rights of Way Act 2000」(カントリーサイド及び優先通行権に関する法律 2000年)が定められるに至り、04年から施行された。こうした法律を制定しなければならないほど、パブリック・フットパスをめぐる、歩く権利が危うくなりがちであることを知らしめた一方で、英国は国を挙げて、こうしたフットパスを守る意向であることがはっきりと示されたわけだ。英国人の生活の中で、歩くという行為はきわめて重要なものと考えられていると言えるだろう。の配置もそのままに残されている。
 


 



パブリック・フットパスは放牧地の中を通っているものが多い。
歩いていると、ウマが近寄ってくることもあるが(食べ物をもらえると思うらしい)、
たとえニガテでも走って逃げたりせず、知らん顔をして歩き続けよう。
 


 

歩きだす前に「ごほうび」に舌鼓

 書店や地図店に行くと、『100 Greatest Walks in Britain』とか『1001 Great Family Walks』といった「ウォーク」用ルートを紹介した本、あるいは、日本の国土地理院にあたる「オードナンス・サーヴェイ Ordnance Survey」(英国陸地測量部)協力の地域ごとに区切った『Pathfinder Guides』シリーズなど、ガイドブックが各種並ぶ。
 週末やホリデーに、「ウォーク」(「ランブル」も含む)でリフレッシュしようという人口がいかに多いかを実感させられる。
 また、週末に販売される、様々な「おまけ」がついた分厚い新聞にも、「お薦めウォーク」の記事や冊子が盛り込まれていることがある。筆者がたまたま手に取った、土曜日発行のガーディアン紙の冊子も『Britain's 50 Best Walks』というタイトルだった。目的別になっており、「グルメ」のテーマのもと、プルー・リース氏のお気に入りコースが掲載されていた。リース氏といえば、自らもシェフであり、ケータリング・ビジネスを手がける傍ら、BBCのシェフ対決番組『Great British Menu』シリーズの唯一の女性審査員としてもおなじみだ。皇太子主催の晩餐会に出す究極のメニューや、ウィリアム王子の結婚式にあわせたストリート・パーティー用メニューなどを課題に、各地域を代表するプロのシェフがまずは一騎打ちで対戦。勝ち抜き式で、やがては各コースの料理内容とそれを供するシェフが決まるという番組である。
 そのリース氏の推奨コースはコッツウォルズの小さな村と村を結ぶフットパスとガストロ・パブの組み合わせだった。読者の間でも常に人気の高いコッツウォルズの別の顔が紹介できそう――期待を胸に、取材班は春のコッツウォルズへと向かった。
 4月半ばの取材当日。
 朝から雲行きが怪しい。好事魔多し、とはこのことだが、天候には逆らえない。それに、英国の多くのウォーカーやランブラーたちにとって、雨はそれほど大きな障害とはならない(英国で雨を気にしていては、しょっちゅう家にこもっていなければならない!)。むしろ、悪天候の中でしか体験できない充足感を求めて計画通り出発するケースのほうが多いだろうと推測できる。
 西の方から天気が回復するとの予報を信じて、コッツウォルズのストウ・オン・ザ・ウォルド方面に車を走らせる。目指す小さな村は、比較的大きなこのストウ・オン・ザ・ウォルドの近郊にあった。少し歩いてから食事という予定だったが作戦変更。天気の回復を待ちながらまずは昼食をとることにした。
 リース氏お薦めのガストロ・パブ「フォックス・イン the Fox Inn」はロウアー・オディントンLower Oddingtonという、今まで聞いたこともない小さな村に店を構える。
 入り口に、「泥だらけの靴での入店は遠慮してほしい」というお願いの紙が貼られている。やはり天候が悪くても英国人は歩くのだ、と納得。
 いかにもカントリーサイドのパブという趣をたたえ、使い込まれた家具や温もりのある照明が居心地の良さを演出する店内は、平日のランチとはいえ大方のテーブルが埋まっていた。
 料理に関しては詳細を14ページに譲ることにするが、シェフの丁寧な仕事ぶりが伝わる料理の数々に好感が持てた。確かに、2~3時間歩いた後でこの料理が「ほうび」として待っているなら歩きがいもあるというものだ。
  今回の取材にあたっての目的の半分はこれで達成。次は、いよいよウォークにチャレンジするべく、すぐそばの村、アドルストロップAdlestropへと移動した。
 

400年の歴史を有する
チャスルトン・ハウス





© NTPL / Nadia Mackenzie
1605年、国王ジェームズ1世(プロテスタント)を議会もろとも爆破しようとして失敗した、ガイ・フォークス(カトリック)一味による事件はあまりにも有名。そのリーダーだったロバート・ケイツビーがかつて所有していたというのが、このチャスルトン・ハウスだ。ケイツビーが経済的に困窮し、住宅ローンが払えなくなるやいなや、ウォルター・ジョーンズという裕福な商人が、さっさとこのチャスルトン・ハウスを自分のものにしてしまい、1607年から5年がかりで完全に立て替えた。現在残っているのは、この立て替えられた屋敷。当時のジャコビアン様式を用いた優雅な外観が印象的。なお、すぐ隣に建つ聖メアリー教会は12世紀建造。こちらも、できれば中に入って見学したいもの。


Chastleton House Chastleton
near Moreton-in-Marsh, Oxfordshire GL56 0SU
Tel: 01494-755560(録音インフォメーションのみ)
www.nationaltrust.org.uk/main/w-chastleton