インドで培われた指揮力

 アーサーは、17歳で英国の第73連隊に入隊し、アイルランド議員として活動しながら、軍人のキャリアを地道に積んでいた。30歳にならぬうちから欧州全土を征服する勢いだったナポレオンと比較すると、凡人の域を抜け出なかった彼に転機が訪れたのは、1797年。インドの治安警備にあたるため、大佐として連隊を率い、現地に赴任することとなったのだ。アーサーは28歳となっていた。 無論、当時はその僻地への渡航の先に輝かしい未来が見えたわけではない。しかし、「このインド時代がなければ、ワーテルローの戦いで発揮された強靭な忍耐力、接戦での戦術などは身につけられなかったかもしれない」と後に本人が語っている。 当時のインドは英国の支配下にあったが、アジア遠征を睨むフランスによる干渉が頻繁に行われており、気性の激しい現地人が、すきあらば欧州人相手に暴動を起こすことも日常茶飯事。そのような厳しい環境の中で、アーサーは軍人として力をつけるべく、努力を怠らなかった。 翌年には、兄のリチャードがインド総督に就いた関係もあり、彼の境遇は一変。昇進のチャンスにも恵まれる。数々の対戦を繰り返す中で、アーサーは指揮官としての経験値をめきめきと上げていった。1804年には、35歳で自国からナイトの爵位を贈られるまでに出世する。



城の周りに備えられた大砲に、学校の見学旅行で訪れていた子供たちも興味津々の様子。


 

公爵発案のファッション・アイテム
『ウェリントン・ブーツ』誕生秘話



中央下が、ウォルマー・キャッスルで見られるウェリントン・ブーツ
雨の日のお洒落アイテムとしても定番化した、日本で言ういわば長靴、『ウェリントン・ブーツ(通称:ウェリー)』。このブーツは、その名の通りウェリントン公が出したアイディアから生まれたものだ。
 ウェリントン公は、膝上まであった当時のブーツに対して、膝裏部分が足に当たることから不快に思っていた。そこで、ロンドンの靴屋ホービーHoby of St James's Streetに、「膝下までの長さで、もっと足にフィットする、ヒールが低い、飾りのないシンプルなブーツ」をオーダー。戦闘時や乗馬時も動きやすく、温かく履き心地のよいブーツが誕生した。
 現在はゴムで作られることが一般的だが、もともとは仔牛の革で作られた。ウォルマー・キャッスルのほか、ロンドンのウェリントン公の邸宅、アプスリー・ハウスで当時の現物を見ることができる。


 

崩壊的な家庭生活



宿命のライバル、ナポレオン・ボナパルト
 その後アーサーは、ナポレオン軍との対決を視野に入れ、36歳を前に約8年間のインド滞在を終え、1805年に志願して帰国した。
 この年はナポレオンが英国征服を目指して完敗に終わった「トラファルガーの海戦」で、ネルソン提督が殉職を遂げた年。アーサーはこの海戦にさきがけて、ネルソン提督と最初で最後の面会を果たし、トラファルガーの海戦の作戦計画などについて語り合ったという。
 また、アーサーの私生活でも大きな展開を迎える。
 アーサーは、ダブリンでも名だたる良家の娘、キティ・パクナムKitty Pakenham(1773年―1831年)が、まだ独身でいることを知り、求婚の手紙を送る。アーサーは、23歳の時に4歳年下の彼女にプロポーズしたものの、彼女の家族から彼に将来性が見られないことを理由に結婚を断られていた。それでも、「今後ご家族の気持ちが変わることがあれば、あなたと結婚したいという私の思いは変わらない」と告げていたのだ。
 それから、10年以上の月日が流れていた。アーサーの再度の求婚にキティが驚いたのも無理はない。しかも、彼女には既に婚約者がいた。一度は決めた結婚を破棄してよいものか、アーサーの妻としてうまくやっていけるのか―、様々な不安が彼女を苦しめた。神経が憔悴するほど悩み抜いたキティだが、最終的にアーサーを夫に選ぶ決心をする。

ウェリントン公の妻、キティ

 長年の約束が果たされたロマンチックな結婚。1807年、1808年と続けて2人の男児にも恵まれる。しかし、アーサーが憧れていたという「温かい家庭」の夢は叶わなかった。時を経て、キティは若かりし頃のような快活さを失い、感情的でプライドの高い女性へと変わっていた。しかも浪費癖があり、指揮官の夫を支えて家庭を守る、良妻賢母タイプとは到底言えなかったのである。
 アーサーが落胆したのは言うまでもなく、満たされない結婚生活の穴埋めを求めるかのように、アーサーは生涯を通じて多くの女性たちと浮名を流したという。
 ただ、幸せな結婚とは言い難かったものの、アーサーとキティの愛が完全に冷め切っていたわけではなかった。キティがいよいよ死に伏そうかという時、アーサーの手を握っていた彼女は、彼の腕にあるものを見つける。昔、キティがアーサーに贈った腕輪だった。「君が見たいと言ったらいつでも見せてあげたいと思って、20年間ずっと身につけていた」。最後に2人が絆を感じあえた瞬間だった。